いつだって「どこでもいい」と言う君じゃどこでもドアは使えないよね
ドラえもんをテーマに、ブログを通じて一般から短歌を募って制作された一冊。アンソロジー歌集と言えるのかも。
ここで見いだされたり、その後にプロとなった歌人の作品も収録。しかし基本的にはドラえもんが好きな一般の人々の素朴な視点から歌われたものが多い。
ここ1年ほどで短歌に興味を持っていろいろ読みだした自分にとって、まさに短歌初心者にぴったりと一冊だった。
とにかく読みやすい。うすめの文庫本で1ページ1首なのでマジですぐ読める。 「ドラえもん」というテーマも明快で、しかもその中で読み手ごとに違った視点で切り口で31文字の詩が詠まれていく。 サクサクよめて「なるほど!」とか「ここを突くか?」とか「わかる(わかるわ)(Ⓒ川島瑞樹)」とかが連発していくのが楽しいのだ。 すぐに一冊読めてしまうボリュームのアンソロジー歌集なんだけれど、歌の味がバラバラなおかげか妙に中毒性がある。 小学生向けに作られているような本ではなるけれど、小学生向けとは到底思えない大人の悲哀を描いた歌も数多い。 その振れ幅の広さも魅力のひとつなのだ。
例えばこんな歌
自転車で君を家まで送ってた どこでもドアがなくてよかった
素直にめちゃくちゃいい風景が浮かぶ。
技術は次々に進歩し塗り替えられ、いつしか世界は「自転車で君を家まで送」るような光景をなくしてしまうかもしれない。
けれどいま、まさにその幸福の渦中にいる主人公が「どこでもドアがなくてよかった」とたっぷりと余韻を残したモノローグ。これが肝なんだよな。便利な道具はもちろんほしい、でも今はそうじゃない。
ドラえもんへのアンチテーゼでもあると思うし、一方でドラえもんの漫画の中でも道具では解決できない問題や得られない幸福は描かれているわけで、様々なリスペクトを感じる。 歌自体の好みもあるけど個人的に「ザ・ドラえもん短歌」な一首だ。
武道館ファイナルをむかえジャイアンが不遇時代をついに語った
ジャイアンめっちゃ成功してるやん!
思わず笑ってしまう未来予想図。「ついに語った」の仰々しさとおさまりの良さも笑えるポイント。ロック音楽雑誌のインタビューかよ。
スネ夫って粋な髪型してるよな漢字で書くと「司」に似てる
わ、わかる気がする。思いついたまんま歌にしました、な無防備なテンションがまた面白い脱力系な一首。
かと思えば
奥さんがどこでもドアを持ってたらあたしたちもう会えなくなるね
いやその角度のえぐり込みアリか?ドラえもんだぞ
明らかに不倫の歌だが「もしドラえもんが本当にいたら?」という夢想を、このシチュエーションに持ってきたことで不毛な問いかけの切なさが出ている。
ドラえもんの秘密道具を「夢をかなえるアイテム」ではなく「夢のような日々を終わらせる脅威」として思い描いてるのも視点が面白い。
ぼくらの世界にいま「どこでもドア」はない。それでもそんな夢想をしてしまうのは、この関係を終わらせられるきっかけを待っているからなのかもしれない。
君と僕 ため息だけで会話して翻訳コンニャク出番はこない
翻訳コンニャクが必要なくらい距離ができてしまっても、そもそも会話がなければ道具の出番もないのだ。
ヒリヒリとした感覚が空気中に満ち満ちているのが浮かぶ一首。
あやまちはムードもりあげ楽団が変にムードをもりあげたせい
語句のリフレインが妙なテンポになっててクセになる。歌われてるのはしかも大人のビターな後悔だったりする。いいか。ドラえもんだぞ。
本当にムードもりあげ楽団が登場しちゃった世界を歌っているのかもしれないし、「私」の心がわんちゃか騒いでしまっただけなのかもしれない。ファニーな響きのかわいらしさがある歌で好き。
取り上げてみると、ドラえもんが実に様々な角度から鑑賞できる作品だということが改めて示されているように思う。
ドラえもんのキャラクターたちに感情移入したり、 彼らの未来をもっと踏み込んでイメージしてみたり、 ドラえもんで描かれる古きよき時代に思いをはせたり、 ドラえもんのいない、秘密道具もないこの現実で生き抜いていく自分たちを振り返ったり・・・
日本人にこれほど浸透している作品・コンテンツだからこそ共通言語として、このようなバラエティに富んだ歌集が誕生できたんだろうな。
ドラえもんのコンテンツの強度だし、歌集として企画の勝利でもあると感じる。
技巧派な歌というより素直な歌が非常に多いので、自分のようなビギナーにも優しい。マジで。やっぱ最初って歌の意味するところがわからんとマジでちんぷんかんぷん。
500円くらいで買える本なので軽率におすすめしたい。
大丈夫 タイムマシンがなくっても あの日のことは忘れないから