「正直どうでもいい?」

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そうだ言葉で確かめるもっと君の声 『あなたと私の周波数』

   あなたと私の周波数 (百合姫コミックス)

 

ノーチェックだったけれどきっと秋葉原メロブでドンと展開されてて衝動買い。

軽やかな絵のタッチが好みなんですが、内容もいい。 女と女のあいだの深い情緒と感情が染みわたる。エロくもチャイチャもしていないけれど、生々しい温度感の作品に仕上がっていると思う。心が近づいたり離れたりするときの心の振動が新鮮。それでいて、立ち止まって振り返った時に耳の横を通り過ぎる風のにおい、みたいな郷愁が宿っている気がする。

軽やかなタッチの空白に、たっぷりとエモーショナルな情緒があるんだよな。

1話完結の短編を5作収録しているので、せっかくなので全作触れていきたい。

 

【あなたと私の周波数】

表題作。オフィスもののちょっと変化球。

古いトランシーバーを倉庫で見つけると、そこから誰かの声が聞こえてくる。 それはいつも屈託ない朗らかな同僚による、誰も聞いたことがないはずの愚痴だった。 意図せずに受け取ってしまった電波から2人の距離が変化していく物語。

気持ちのつながりを電波になぞらえていく過程がいろんな暗喩を含んでいそうで味わい深い作品でした。

だれにも聞かれたくない声だったとしても、たんなる思い付きのストレス発散だったとしても、電波にのせてメッセージを世界に放っていたという事。うまく感情を出すことができないひとりの女性のSOSだったに違いない。「私だってこんなに醜い、よどんだ心を持っているのだ」とあえて晒すことに、一瞬の露悪的な快感があったのだろう。

とはいえ、そんな愚痴も本当に性格悪そうなヤバい発言はないあたり、どこまでも善人なのだと思わされる。作中でもポジティブなエネルギーを持った作品。

 

【お前に聴かせたい歌がある】

1番好きかもしれない短編。バンド内で感情こじらす女の話はなんであれ最高。

バンドのベーシストが急に訪ねてきて「一緒に私の死体を埋めてくれ」と言う。爆速で俺の好きなヤツをぶち込んできたな。 ストーリーをすべて書き出すと面白みが薄れてしまうタイプだと思うのでこれ以上は言及はしないけれど、読後感がすばらしい。 最後の大ゴマは、本当に飾り気もない祈りのようなものが込められているようで、なんて美しいんだろう。 刹那から永遠へつながれていく音楽と、記憶のなかのランドスケープ

理由がまったく語られないあたりもお見事。意味がわかるよりも、そのままにしておいていい秘密なんだと思う。

「死体」と呼ばれ、そして棄てられていったものをみて「要らなくなったんだ」と嘆くのか。それとも「あなたの肉体になれていたこと」を尊さを覚えるのか。 すべてはその背中が語りかけている。

 

周波数1

 

 

電波の飛び交うこの世界で、ときたま捕まえてしまう声があるように。 あるはずなのに合わせられなくなった、もう捕まえられない周波数も無数にある。

 

 

【あんたが背中を見せたから】

さわやか~~~!!!!

陸上部のプライド高い狂犬が転入生にその地位を脅かされキャンキャンなる短編。

思春期に陥りがちな自意識のセルフ投獄が、シンプルに解きほぐされていく終盤の爽快感がいい。主人公のキャラクター性もふんわりとしたこのコミックスの中ではいい意味で緊張感を与えてくれている。

百合要素もあるけど、どちらかというと友情スポコンな読み味。すべての理由がタイトルに集約されているのも好きですね。

 

【君のすべて】

これについて述べたいのは結末の話になってしまうのだけれど、2人はちゃんと道をたがえなければ、心の空白を共有することはできたのだろうか。

この単行本に収められている短編はそのあとに書き下ろしの1カットが収められているのですが、2人が描かれている場合と1人だけの場合が分けられているのは未来を暗示しているのだと思う。 ちなみにこの作品の場合は、1人だ。

主人公にとって喉から手が出るほど欲していた父の愛を、一身にうける別の女の子。私たちなんだか似てるよねって笑ったりして、思い返せば思い返すほどに突き刺さる違和感、いや答え合わせのような近似。

大切な女の子ができた。だからこそ切り裂かれてしまう心の対比がとても切ない。 こんなん絶対耐えられるわけないじゃん、と思ったらやはり最後の書き下ろしである。

それだけ父の愛という空白は巨大なのだった。その穴を埋められる日がいつか来てほしい。

 

周波数2

 

【私たちの長すぎる夜】

飲んだくれながらバーでグダる主人公。初恋の人の結婚式の帰りにバーで爆泣きして、これではあまりにも悲しいではないかと思いきやふと隣に座るひとりの女性。

話のはずみで酒を飲み交わすことになった初めましてのはずの2人の物語。 はずだったから、ここから話は転がっていく。

最後のページで、ちゃんと「長すぎる夜」が終わり、朝を迎えているのも憎い。 悲しみにくれる長い夜は、続き続けていた夜は明けていく。

穏やかな顔で朝の電車に揺られてる2人の空気がほんとうにやさしげで読後感がいいんだよな。

粘り勝ち!

って感じのお話しだけど、きっと先輩のお眼鏡にかなうためにたくさんの努力をして自分を変えて戻ってきたのだからそれくらいのご褒美は許されていい。

主人公はかつて自分が後輩にした行いをそっくりそのまま還されていて、そういう意味でちょっとしたループ構造に入り込んでいた。そこから脱出したという意味でも、夜明けなのだろう。

 

周波数3

 

そんな5作を納めた短編集。

実はちょっと久しぶりに百合姫のデカいほうの単行本を買いましたが、いいもんですね。

ビビッドな表紙が印象的ですが内容は軽やかで優しく。 それ故に切なさの切れ味するどくセンチメントを突き付けてくるのも良き。

ちょっと懐かしい読み心地。ゆっくり何度も読み返したくなりますね。