「正直どうでもいい?」

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破滅型クセスゴ青春小説『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んだ感想

 

 

すんごい今更な有名タイトルだが最近読み終えたので感想を書こう。

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という新書も話題になっており、たしかにと頷く事ばかりだったので、せめて読み終えた本のアウトプットはしていきたいと思った次第。続くかづかはわからない。

 

ライ麦畑でつかまえて」という邦題で有名な作品の、村上春樹による訳のほう。

青年が主人公の、村上春樹の青春っぽい傾向の作品は好きなので、村上春樹翻訳版で読んでみようと思い手に取った。

よく見かけるタイトルながら読むのには腰が重い…そんな作品のひとつだったが「天気の子」で帆高がこの作品を持ち歩いてる描写があった。あきらかに参照元として作中に登場していたので、副読本的に読んでおこうというのが1番のきっかけ。

 

読んでみたところ率直に言えば、まーーーじでどうでもいい愚痴を延々と語り続ける異常男子学生のモノローグがひたっすらに続く小説だった。前知識がなかったし洒落たタイトルなのでまったく違う作品をイメージしていたので逆におもしろかった。

主人公の青年ホールデンの主張、大人の世界は欺瞞だらけと吐き捨てるその姿勢に共感しつつ傾聴しつつ読むには、自分には時期が遅すぎたのかもしれない。32歳。

未熟で、為せることも限られ、しかし言いたい事だけは山ほどある。

致命的な見通しの甘さを幾度と指摘されながらも、痛めつけられながらも(物理的にめちゃくちゃボコボコにされている)なぜ思う通りにいかないのかと世に問う…問うてるか?吠えてるだけのような……まぁとにかくそういう濃い主人公だ。

世界のなにもかもが気に入らない、そして自分も見えていない。思春期のエネルギッシュな反骨精神が確かに、随所に感じられる小説だった。

 

とにかく主人公の言動に癖がつよく、刹那的に行動しては思うようにいかずまた社会への不満を語りだす…を何度も何度もやっていく。

作者は自覚的なのか?と思いもしたが、クライマックスでの恩師からの言葉でひどくバッサリとホールデンのおかしさを切り捨ててもいるし、かなり自覚的にこのうっとおしい主人公を創り出したんだな。

一人称小説なのにその語り手がとんでもない人間だったときの世界のズレも楽しい要素だし、ちょっとミステリーな読み味にもなっているかも。

思い返せば冒頭で病院にいる状態のホールデンが回想したお話として描かれていたのだがうっすらと精神病院なんじゃねぇかな…というワードがちょくちょく差し込まれており、不穏。

というか主人公があまりにも居場所が無さすぎて読んでいてかなりしんどい。読み手であるこちらも決してホールデンの理解者にも支持者にもなれないから、せめて作中の誰か見方をしてあげてほしいと願ってしまう。妹ちゃんがかわいいのだけが救いだったな……。

手ざわりとしてはポップなのに、描かれている状況が10代にしてかなりのドン詰まりと感じられるのも、メンタル的にズンと響く。

 

 

正直に言えば好みの物語という訳じゃない。

ただ当時のアメリカのティーンネイジャーのカルチャーを描きつつ、いわゆる「理由なき反抗」マインドの礎にあった作品ということが理解できた。共感性のつよい作品なんだと感じる。そういう作品ってのは時世や読み手の年代によって感触が変わってしまうので、そういう意味でも刹那的な作品の在り方として美しさがあるよな。

有名タイトルなだけあって「あの人もこの作品を愛読していた」というような語られ方であったり、なにかと引用されがちな作品でもある。現代の日本での創作物でも少なからず、今なお遺伝子が引き継がれている作品のひとつと思う。

 

翻訳にあたってどう日本語に落とし込むかを苦慮したのを感じるが、エスプリのきいたザッツ春樹節という具合のテキストが怒涛のごとく押し寄せる読書体験だったな。(そういう意味では、村上春樹自身のあとがきなどが読んでみたかった)

それに示唆に富んだ様々な言葉や光景がいくつも切り取られていって、じっくりと深く考え込むこともできそうな、けれどなんてことないガラクタのような、でも読み飛ばすのはもったいない、スナップ写真みたいな質感が味わえる。いいテキストなんだよ。一人称小説だから真実はわからないけれどね。ホールデンが見たいように見て、捉えたいように捉えているものだから。そういう意味で快楽的なテキストなんだろう。

 

勢いで駆け落ちでもしようと持ち掛かけるホールデンが冷徹にフラれていくシーンはかなり好きだ。手を振り払われているそのしぐさがあまりにもあっさりとしている。

「どこか遠くへ行きたい」「人生をすべてやりなおしたい」「そのとき隣にいてくれる誰かが欲しい」という純粋な願いが散り散りになって、読み手のほうにひとかけら、やってくる。その愛おしさだろうな、この作品を読んで一番に染みたのは。一番共感できた場面だった。ただまあそのための言葉も準備も相手もぜんぶ足りてないってあたりがホールデンってやつの魅力だろう。その時その瞬間の願いは本当なんだ。でも次の瞬間にはべつの願いが生まれ、それが叶わない事の不満が口から出てくる。そんなやつだから果たして本当に魅力的と言えるかは疑問だけどね。

青春小説の金字塔的な扱われ方をしているけども、本当のところ、この作品が現代でも普遍的と言えるかは分からないんだ。でも中毒性あるテキストとほのかな清涼感が癖になってしまう。ラストシーンのメリー・ゴー・ラウンドのように。でも、中毒性だって?まったく。いやになるね、こんな鬱陶しいしゃべりかた。途方もない気分になるよ。わかるかい?こんな口調でずっと話をされているとね。

 

映画【デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション】前章を見ての感想

 

映画デデデデが公開されてから、時代に取り残されたこんなブログにもそれなりに人が来て貰えている。うれしい。みんな楽しみだったよな。もしかしたら原作を読んだことのない人が気になって検索してくれたのかも。嬉しい。

筆者もムビチケを前後編セットで購入し、劇場公開を楽しみにしていた。第一話をリアタイで読んだ時から「いいぞいにお!アニメ化ねらえるって!」と失礼千万な応援をしていた。

 

結構、好評らしい。これもうれしい。

 

 

仕事の都合で見に行けたのは初日ではなく土曜だったが、幸運にもネタバレを踏むことなく前章を浴びる事ができた。

そして後章の公開は5月に延期され、しばらく間が空く事になった。

先に言っておくと個人的に前章ではやや不満に思う事があり、それゆえにクオリティアップのため(というが果たして)に延期された後章ではどうか手のひら返しをさせてほしいと思っている。

それもあって、自分のなかのデデデデ前章を見終えた今の時点での感想をきちんとテキスト化して自分の心を落ち着けたいのだ。

 

ちなみに自分にとってのデデデデは、最終巻のときに書いた記事のこのテキストがそのまま全部って感じだ。

スピリッツで第一話を読んだときから「俺が本当に読みたかった浅野いにおが来た!!!!」と鼻息荒くなったのを覚えている。風刺的なとげを残したエッジの効いた作風が、漫画表現そのものを革新させるようなチャレンジと同居してとてもスタイリッシュだった。主人公の女子高生ふたりの会話はすっとぼけていてナンセンスで、でも空元気のような虚しさも漂っていた。青春の終わりと人類の終わりが同時に忍び寄ってくる……そんなセンチメンタルいにお汁がブシャブシャとあふれ出ていた。そして世界の終幕を目前とした暗澹たる設定。「最終兵器彼女」のアシスタントとしても参加していた事があるという浅野いにおが満を持してド直球のアポカリプス物・セカイ系を描こうと取り組んでくれていた。最高だった。

デッドデッドデーモンズデデデデデストラクションが完結したので - 「正直どうでもいい?」

 

まだ原作漫画を読んだことのない人は、ちょっとでも映画が良かったと思った人は、漫画も読んでみてほしい。大好きな作品。

 

 

・プロモーション

うおおおお幾田りらとあのの共演だああああ!!!!!と朝のエンタメニュースで告知やってたから見てみたらデデデデのことだったから爆笑しちゃった。そんな現代の音楽芸能界のメインストリームがこぞって参加するような作品だったか。そうか。全国200館公開?ギャガ配給なのに?なにがどうなってるの。

エッジーな皮肉も織り交ぜた作品だがしれっと「春休みの王道アニメ映画です」みたいな扱われ方でこの作品が改めて届けられたという事、これは存外うれしいものだった。興行収入的にはどうなってるか分からないけども。

 

 

・主役2人の声

良かった、と思う。いや本当。

俺の脳内にずっとあった、俺だけの門出とおんたんはオリジナルボイルスは、もう二度と思いだす事が出来なくなってしまった。ちゃんとハマっていた。

特に門出。やや早口であったり、たまに自信なさげに語尾がすこし下がるようなしぼむようなニュアンスは素晴らしい。映画後半の回想シーンで、無力感と正義にくるっていく過程の切迫感もきちんと演技から感じ取れた。

おんたんは正直だれがどうやっても「なんか違う」「こんなもん」かもしれない。ずいぶんと舌足らずなしゃべり方だと思ったので、それはあえてなのか縁者の特性ゆえなのか。でもふざけていてもローなテンションで入っていく感じ、意外と相手の顔色伺ってる不安げな空気、映画1本見終わるころにはおんたん×あのちゃんは、自分の中でもすっかり完成した。キホ死亡後の道化感と絶叫は見せ所だけあって良かったな。

 

こんな話題性ありきの糞キャスティングにしやがって、と怒り狂ったpostをしてこわい引リツされてすごすごとpost削除するようなダサいことせずに済んでよかった。

するなそんなこと。

 

 

・音楽

主題歌、前知識なしではじめて聞いたけど「絶対ぇTKだ!!!!!」って劇場で叫びだしそうになるくらいTK汁ほとばしる一曲だった。これ前章の空気とは乖離している曲なんだけど、ちゃんとあのエンディングの流れできくとめちゃくちゃワクワクできる。劇場体験としてはかなり良いのでは。

それ以外も劇伴はかなりよかった。円盤が出てきていっきにSFな空気になるんだが、変に盛り上げるのではなく静かに日常の異物感やノイズのような感覚が表現されていた。

後述するがっかりポイントをギリギリで支えていたのは間違いなく音楽の力だった、

 

・シナリオ

高校卒業までと門出とおんたんの回想シーンで前章は幕を閉じた。

コミックス12巻分をくまなく全部を映像化する事はまぁ無理だろう。原作ファン的にも納得のいく省略と改変だった。

回想シーンはやや唐突感あるし、初見の人からしたらいまこれを見せられる事の意味を掴みづらいのでは?という心配もある。一方で前章のうちからこの世界におけるおんたんの特異性を垣間見せて置くことは、前後編の2章構成としてはスマートな選択だったように思う。メディア展開とは難しいものよ。

 

 

作画

浅野いにお先生のかわいい女の子が動いてる~~~ってだけで◎!!!(あまりにも判断が軽い)

デフォルメきかせた様々なサブキャラクター、ぜんぜん違うタッチのおっさん、みんなが同じ画面に納まって共存しているスマブラ感もデデデデのビジュアル的魅力。アニメーションになることでさらにファニーなかわいらしさが画面全体から感じれた。この幸福感よ。アニメにしてくれてありがとう。

しいて言えば、おんたんの動きはもうちょっとアニメならではの解釈を見せてほしかったな。しゃべってないけど画面の奥で変なことしてるなアイツ……みたいな要素がもっとあってよかった。

 

 

映像表現(演出)

マイナスをつけるとしたらここ。というかここ以外あんまり無い。逆に言えばこのマイナスがでかすぎる。

どういう事かというと特に円盤まわりの描写だ。音楽や効果音によって雰囲気を出していたが、ビジュアル的にはイマイチだったのが正直な所。

原作漫画はマンガ表現としての先進性、とくにタイポグラフィーを駆使した斬新な演出が特徴的だ。スタイリッシュかつスピード感ある表現で、この作品の大きな個性でもあったと思う。

 

 

そして日常と同居する圧倒的な違和感を、ビジュアルとして効果的に見せていく。

 

 

聞いたこともない音がこの世界では鳴っている。

音のないメディアであるがゆえこの演出がおおきなフックとなる。

世界の異常性をこれでもかと表現し、ビジュアル的にも大インパクトを放つ演出がデデデデで特別好きだった要素だ。かつてこの論点から雑誌に取り上げられたりもしている。

 

このビジュアルをそのまま映像に落とし込む事は不可能だろう。メディアの違いを理解せよというやつだ。

この映画ではビジュアルではなく音響でその違和感を演出することを選んだように感じる。そしてそれはちゃんと機能して、重要な場面では不気味とも可笑しいとも言い難い、絶妙な音で楽しませてくれた。

ただ、アニメーションとしての表現をもっと探求してくれれば、もっと、もっと自分はこのアニメを愛せたなと思う。

原作の根底にあった「見たことのない表現を見せてやる!!!!」ていうスピリッツが映像から感じられなかった事がショックなんだろうな。フィルムを引き戻していくような演出も原作通りといえばそうだし。

アニメ内で控えめにタイポグラフィ演出で「ぬ」みたいな文字がゆっくり浮かんで消えていく…みたいな描写があって、いや原作要素残すならもっと派手にやれよ!!アニメで違う表現をやるならそれを見せてよ!!!となる。

後章クライマックスに来るであろう地球滅亡のシーンとか、あれやこれや、見たこともない映像をどうか見せてくれ。

 

 

あともっと

タイトル「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」ドーン!!!!!

「滅亡まであと●●」ドーーーーン!!!!!

のアホアホデカ文字演出をもっともっとおバカにやってほしかったな。おバカであればあるほど突き放されていくから。無邪気な日常はもう取り返せない、そして未来なんて無いのだと。

 

ーーー

 

以上そんな感じ。まぁ書くことは書いたが、やっぱり好きな作品が映像化され劇場でそれを鑑賞できる喜びは大きい。それだけでも満足なのだ。

後章にあたるストーリーは、原作でもとくにビジュアル的に実験的かつ破滅的な仕掛けが多く施されており、映像化のハードルはとても高いと思う。頼む。頼む。後章をどうか、最高の滅亡を、どうか。

 

いまサイカノを語りなおせる幸福。『最終兵器彼女原画展』感想

googoodept.jp

 

最終兵器彼女の原画展がこの令和に催されるとはな。

2023年10月7日。初日に行ってきたのでちらほらと感想を書いていきます。

開催期間は10月22日まで。興味ある人はぜひ。

2018年にアニメのブルーレイBOX発売記念イベントに参加したのですが、その時にオフィシャル最後の祭りかと感じていたので、こういう大きなイベントが今あるとは思ってなかった。しかも今回は原作中心のイベントということで、これは行かざるを得ないというもの。

 

 

楽しみすぎて前日の夜、ちせのケツ画集を拝んで寝ました。

会場はスカイツリーそば、東京ソラマチ

入ると1Fにポスター展示を発見。会場はこの5Fです。

 

会場ブースは巨大ビジュアルが目印。

 

しかし中は当然のように撮影禁止。2箇所だけ、フォトスポットとして撮影OKな場所がある。

基本的にはストーリーを追想するようにハイライトシーンの原画と拡大POPが順路に貼り並べられている構造。

生原画ということもあり、写植がなんども張り替えられていたり、ホワイトで何度か書き直された痕跡が見れたり、なぜか”たれぱんだ”が透けていたり。。。(付箋?マスキングテープ?)そういった創作のリアルな裏側を感じられるのが興味深い。

アシスタントさんとの共有用と思われる、キャラクター設定、部屋や場面の俯瞰図や衣服の作画メモの展示もあり、ついつい会場に居座ってしまった。関連書籍などでも見たことがないものも多い、まさに秘蔵資料といった具合。

 

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客層としては思ったより若い方が多く、大学生とか20代前半っぽい層も目立った。男女比も自分の回だけでいえば半々くらいだったのが驚いた。額に浮かべた脂汗にセカイ系への執着を滲ませるアラサー・アラフォー男性が中心層だと思っていたんだが…?

リアルタイム世代ではない人たちにもこの作品が愛されていることが分かり、感動的な空間だった。

いつだったすれ違ったような”同類”のがっしりとした背中に安心と親近感を感じつつ、しかしみな思い思いに鑑賞していた。カップルだろうか、ふたりで小声で話しながら回っている人。ベテランの匂いを漂わす白髪交じりの人。フォトスポットでちせのフィギュアを取り出し撮影していた人。ときおり鼻を啜りながら、なんども同じエリアを行ったり来たりしている人。

ほとんど声の聞こえない空間で、しかしたしかに一つの作品を愛し繋がれている、ゆるやかで豊かな感覚。これが原画展の魅力だと思う。劇場とかライブ会場とかにも似た、リアルタイムで共有できているという実感。これを漫画というメディアで感じるのは意外と難しい。原画展のありがたさのひとつだ。

初日ということもあり、待ちに待ったというファンが詰めかけている時間帯だったこともあっただろうが、あの空気に触れられただけでも価値はあったと思える。

 

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フォトスポットその1。

作中では描かれることのなかった卒業式の展示。……この企画を考えたひとは本当に性格が悪いし、愛があるなと思う(これが両立するというのが不思議だ)

それにしてもアケミまではわかるが、ふゆみ先輩までラインナップされているのが面白い。ついついヘイトを買うキャラクターではある(青年誌としての意義が果たされているキャラクターとも思う)が、生来の人間くささが色濃くでていて嫌いになれない。中学時代にしこらせて頂いた恩義もある。

……しかしアクスタの「☆はじめて記念☆ シュウジ❤ちせ」の台座が共通パーツらしく、アケミもふゆみ先輩もこの台座にぶっ刺すデザインにしてるの、本当に性格が略。

 

どういう気持ちでこの台座に刺すんだよ、彼女いると知っておきながら男子高校生に手を出す成人女性だぞ?(買わなかったけど今になってほしくなってきたな。)

 

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フォトスポット2。今回のメインビジュアル。

あらためてちせの翼のデザイン見てたら、赤丸が結構インパクトのあるアクセントになっていたんだったな。物語初期の、ちょっとナマモノ混じってるようなデザインの印象が強いが。

今の高橋先生のタッチは当時のまるっこいちせというより、超常の存在かのような神聖さが感じられる雰囲気になっている。

このビジュアルが使われたB2タペストリーと、どう使うんだかわからない巨大な布ポスターを両方購入した。どう使おう。

 

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単純に展示だけ見てもエモーショナルな内容になっているのと、目に焼き付いてきた名場面の生原画を見れる貴重な場になっていると思います。とても満足度の高い展示会でした。

2023年に新規描き下ろしのグッズがこんなに出たというのもありがたい話。

間違いなく、間違いなく人生に刻み込まれている作品だけに、この作品のいまを語れる機会を与えてくれたことが何よりもうれしい。なんならもう1回行こうかな。

 

踏ん切りつかなくて注文せずに会場を出てしまったけど、複製原画がやっぱり欲しくなってしまった。

 

というか今回のグッズの充実度がすごい。

情報が出揃うまえは「お祝いにグッズ全部買うよ・・・」と準備してたら原画展HPをご覧の通り、グッズがめちゃくちゃある。全部は普通にムリ。

展示コーナーに1時間以上つかって挙げ句、物販も30分以上うろついてしまった。幸福空間。ずっと同じグッズの前で悩んでいた人と、ちょっと雑談なんかもできてしまった。

 

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セカイ系(今となっては死語だが、欠かせない一要素だろう)の文脈であったり、あるいは鬱マンガ鬱アニメとしてラインナップされていたり、いまこの作品にアクセスするとしたらそういったサブカルチャーな語り口からというのが主流だと思う。実際、メジャー誌の恋愛マンガとは思えないオルタナティブな要素がたくさん盛り込まれた作品でもあった。しかしただ尖っているだけじゃなくて、普遍的なんだよな。革新性と、根っこの部分にある豊かな人間性、他者を強くこいねがう切実さは、たぶん今新しい読者にまっさらな気持ちで読んでもらっても、なんらか心動かされる所はあると思う。今となっては古い作品ではあるが、俺はいまでもの漫画の演出はかっこよすぎるという話がずっとしたいし、ちせがとてもとてもかわいいんだという話をずっとしたい。1番好きなコマはどこ?ってワイワイしたい。俺は今日の気分だと「最後のデートが、終わった。」ってとこです。

 

連載終了から20年以上を経てこんな幸せな原画展が開かれたんだから、そういった「いつか」の希望を宿すことができた。いま、最終兵器彼女を改めて語れる機会をありがとうございました。

#私を構成する42枚 のあとの雑記

いま聞いてるというより血肉になってるなと思うもので選んだ
#私を構成する42枚 pic.twitter.com/wjWg4ZSm6M

— 漣 (@sazanami233) 2023年5月13日

 

Twitterの音楽クラスタ内で流行していた「#私を構成する42枚」というもの。このサイトから生成するようで1時間くらいで作った。

定期的に自分の音楽遍歴を振り返ってみようというのはあるけど楽しいな。こういうのはいつ作っても100%の完成は無くて、タイミング次第でいくつか上下や入れ替えやあるだろうけど…。

 

 

規準としては、学生時代によく聞いていたものを中心に、いまの自分の音楽趣味への影響から選んでみたという感じ。原体験重視なのでベスト盤も容赦なく入れる。

ツイッターでいろんな人のを見るのがたのしい。しかし楽しいのと同時に「評価」が自らに降りかかりそうな怖さのようなものもある。

好きな音楽と漫画と映画の話で人間性をはかってしまうし、測られていると感じてしまうのはオタクすぎてよしたほうがいいとはわかっているのだが、やめられないんだな。

いま公開されている映画スーパーマリオを好きだという人に「浅いやつだな」と思っちゃうような高2病ではさすがにもうないけど。でも根っこにそういう批評眼を持ってしまったという自覚がある。「一周回って肯定したほうが”ぽい”か?」とかいろんなこと考え出しちゃう。

この癖は本当にやめた方がいい。クリエイティブな才能がないやつがこの評価軸だけ持ってると本当に哀れだと身をもって感じている。

 

 

 

ベスト盤の話。

ベスト盤はずるいし外そうかとも考えたけど、こういう企画だからこそあえてベスト盤は入れたくなった。

シングル曲ってどうしても商業性を帯びてしまうので、「名盤」という作品としての評価をしたい場においては、特にシングルコレクション的なベスト盤は殆ど触れられないと思う。雑誌やネットの名盤ランキングにベスト盤が入っているのはまず見かけない。名盤=オリジナルアルバムであり、時代性を帯びたものであり、制作コンセプトがあり、それらの個性や革新性や影響力やなんだかんだという付加価値があるもの、という空間だ。

それはそう。名盤っていうのはそうだ。名盤ランキングってみるの楽しいしそこから知って聞いた過去のアルバムやアーティストもたくさんある。フィッシュマンズとかそれなかったら聞いてない。売上ありきなら売上ランキングみればいいだけの話で、そこに埋もれてしまう芸術性を掬うために、あとカルチャーとして音楽を見たときにも必要だと思う。

でもたぶんもっと手前の所で、多くのリスナーが最初に手に取る入門の一枚ってベスト盤だと思う。「私を構成する42枚」という話ならベスト盤が入っても全く不思議じゃないし、自分にとってはとても自然な感触だ。

自分もGLAYB’zELTエルレミスチル宇多田ヒカルくるり、ジャンヌ、ピチカートファイブ。デリコはベスト盤みたいな名前の1st。

 

 

ベスト盤はいい曲しか入ってないから最高!!知ってる曲がたくさん入ってる!ポップでキャッチー!歌いやすい!

 

好きなミュージシャンが同じ考えでうれしい。

自分はスピッツの「リサイクル」とポルノの林檎ジャケットのベストを繰り返し聞いたし、宇多田とグレイのベストも友達から借りてMP3にして聞きまくったし。(スピッツはそれでもリサイクルを入れたくはなかったからハチミツにしたけど、三日月ロックでもフェイクファーでもさざなみCDでも良かった)

せっかくこういう企画なら思い出のベスト盤もガンガン入れちゃったほうが楽しい。いがいとベスト盤を語る機会はすくないので。

 

 

若いころの音楽の話に戻す。

べつにいま進行形でヘビロテしてるのを上げてもいいんだと思うが、自分という存在に染み込むレベルに聞き倒した音楽となると、どうしても学生時代にさかのぼってしまう。

歌詞カードのひともじ一文字、なんならか文字と文字の行間にまで目を凝らして真剣に読み解こうという姿勢はいまはだいぶ弱まってしまった。Spotifyで歌詞見れちゃうし、どこでも再生できるし、CDを買う事もだいぶ減ってしまった。

30を超えたおっさんらしいことを書くと、音楽の持つ求心力はいまでもちゃんと10代を捉えていると思うのだ。自分が見えている範囲はとても狭いけれど、数あるコンテンツの中でもちゃんと「音楽」はかなり地位があると思う。いまの子たちが歌詞カードと睨めっこしてるのかはわからない。そんな必要あるか?とも思う。いま音楽が好きな子たちが、どういう風に音楽を単体として接種してるのかは気になるなぁ。

いや、自分もMP3で音楽を聴いた世代ではあるから、もっと前の世代からするとそれも邪道だと言われてもおかしくはないか。

年を取ると半径5mの世代論を語りたがるのはオタクぅ!!って感じるな。いますぐに「山田玲司ヤングサンデー」のチャンネル登録を解除しろ。つい見ちゃうんだから!

 

 

なんだこの更新。終わります。

お嬢様×ポストロックの可能性は無限 『ロックは淑女の嗜みでして』1巻

 

 

 

コミティア144に行ってきて漫画熱が上がってきたので久しぶりに漫画感想でも書こうかと…。ちょうど、最近コミックスを読んで気になる作品がありました。

 

 

 

ヤングアニマルが雑誌として自分にマッチする作品が増えているんですが
なかでも作品の勢いと個人的趣向によりかなり心つかまれている作品。
サンデーでやってた「ムシブギョー」も好きだったので、納得感ある。

 

本作、取り扱っている音楽ジャンルがなかなかに尖っていて、
例えばお嬢様との激しいギャップを演出するならメタルだのパンクだのメロコアだの
おっさん好みなジャンルと合体させることまでは考えられるかと思うのですが
この1巻で登場する楽曲は「ghost dance/LITE」 と「YOUTH/mudy on the 昨晩です。

ここでインストバンド、しかも残響系ポストロックまで持ってくるのウソでしょ。

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

 

うおおお240pとか480pが精々なこの画質たまんね~~~~!!!

 

 

まずこのチョイスに一撃食らう感じですよね。
シーンとしては当時めちゃくちゃ存在感があったものの
それを商業漫画媒体でフィーチャーされるのは個人的にかなり驚いたポイント。

感覚的には2008年~2012年くらいの期間に9mmとか時雨がぐ~っと伸びていった一方で
そこに近い界隈としてマスロックとか残響系と呼ばれるバンド群が注目を集めていて、
その中のさらに狭い所にインストポストロックバンドがいたという認識。
渋ィとこ突くねぇ!って感じでニヤニヤしちゃうんだよな。


はい、私は当時めちゃくちゃそのへんに沼る大学生でした。
最もハマったのはtoe(歌モノだとpeople)でしたが、ほかにもte'とかregaとか、本作に登場するLITEも昨晩もまさに当時聞いてたのでうれしいです。

いや全然しらねぇ!って人は東京喰種アニメ主題歌曲っぽい感じと思っていただければ、まぁ遠くはないかも……。

 

 

ポストロック。タイトな演奏が要求される難解なジャンルでありつつも
楽器隊が混然一体となってライブで練り上げる熱狂空間はさながら知性と狂気の悪魔合体

 

でも考えれば考えるほどにポストロックはお嬢様なんですよね。
男性的な臭さが漂う音像でもなく、ヒステリックでも狂気的でもなく、
隙間を縫うような楽器同士での鋭い殴打…切り裂くような疾走感…バンドなんだけど各々の孤独の匂いが絡みつく……攻撃的かつしなやかで……鬱屈とした青春期の残り香がそこに感じられる……なんというか…”佇まい”なんだよなポストロックってのは(ろくろ回し)

暴論ですがそれはつまりお嬢様にも通ずる、ポストロックは淑女の嗜みというのはあながち間違いではないのだ。暴論すぎるだろ。

 

 

 

ストーリーとしては2人が出会い、バンドが結成されるという王道展開だが
お嬢様とポストロックという組み合わせはいかんせん見たことがないので単純にどう進むか楽しみ。
どのバンドが登場するかはもちろんだし、
ボーカルがないということで一般のキャッチーな楽曲は難しいかもしれないが
お嬢様なのでクラシックのカバーもできるかもしれない。→Pia-no-jaC←的に。

演奏シーンは技巧派というわけではなく熱量重視な描写ではあるものの、そのテンションがメチャクチャ高い。(一話読んでもらった時点でもわかると思う)
ムシブギョーのときのような我武者羅にヒートアップしていく描写力がいかんなく発揮されている。
演奏後に豹変して口がめちゃくちゃ悪くなるのはやや誇張されてる感はあるが、演奏後に感情むき出しで黒髪ロングお嬢様がファッ×サインしながら罵詈雑言をはくの、アニメで見たいなー!

 

なるほどこれはお嬢様ですわ。(か?)

 

あとは主人公の境遇や家庭環境が大きな物語の軸になりそう。2巻への引きとして血の繋がらない妹ちゃんが登場したこともあり、彼女のリアクションも楽しみですね。バンド編成としてあとはベースとキーボードが欲しいという話になっていましたが、ヴァイオリンが加入するのも音楽的におもしろそうだなー。母親のほうがなにやら根深そうなのでラスボスか……。

 

なんか漫画の感想なのか音楽のこと書いてるのかわからなくなってきましたが
ともかく、めちゃくちゃ楽しめる音楽漫画が始まったので、続きも読んでいきたいですね。

ぼざろもそうだったんですけど、同世代のクリエイターであったりリアルタイムで浴びたカルチャーが漫画・アニメにどんどんと出てきていて年齢を感じさせるのとそれ以上に楽しみが増えてきちゃいましたね。

 

あとメロンブックス限定版でついてくるアクスタが洒落ててよかったです。2巻以降も別メンバーでつけてほしい。