「正直どうでもいい?」

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ブルースターとカルペディエム 『きみが死ぬまで恋をしたい』3巻

 

 

 

百合姫掲載のファンタジー作品の第3巻。感想です。

いよいよ本領発揮というべきか、1巻から要所要所で漂わせてきた血生臭さ、搾取される青春、喪失の予感―――物語が正しく恐ろしく加速している。

それは、もういつもどおりなんて事はありえない現実を突きつけてくる。

 

もともと作者さんの作品が好きで(短編集『あの子に優しい世界がいい』から)本作も1巻からおってきていましたが、正直この3巻を読んで一番テンションが上がってきた。

 

 

はじめてブログで取り上げるのでさくっとあらすじを紹介。

舞台は魔法学校。しかし孤児院も兼ねたその施設の目的とは、身寄りのない子供を引き取り教育を施すことで「魔法兵器」に仕上げること。

人殺しのため、戦争のため、生徒たちは死ととなりあわせの閉ざされた日々を送っている。

ルームメイトが突然の死を迎えた主人公シーナだが、新たなルームメイトのミミとの共同生活が始まる。

しかしミミは学校の"特別製"であり、教師よりも強力と言われるほど飛び抜けたパワーをもつ不思議な女の子だったのだ。

 

 

本当は戦争になんていきたくない。いたいのはきらい。だれも失いたくない。

どうしてみんな、そんな普通にすべてを受け止めているの?

ミミとの交流から少しずつ自らの心境の変化を自覚しつつも、つねに喪失の予感をにじませながら物語は進み、現在第3巻。冒頭で書いたとおり、いよいよエンジンがかかってきたという感じです。

そも作品名が「きみが死ぬまで恋をしたい」である。最初から離別が込められたタイトルになっているわけで、このシナリオは織り込み済みだったに違いない。シーナの身体の特性を思うとこの作品における「死」の描き方はいろんなパターンも考えられるけれど。

 

切り札として戦場に投入されるミミは、死ねない肉体を持っている。

圧倒的な破壊力を持ちつつ回復能力も凄まじい。そりゃあ秘密兵器とも呼ばれるよな、ひどいスペックしてやがる。

読者はすでに知っていることだが、シーナは3巻にてようやく日頃ミミがボロボロになるまで"酷使"されている現実を知る。けれど何もすることはできない。ただ祈るようにお願いをするしかないのだ。

「ケガしないで帰ってきて」と。

ミミもその言葉をたいせつにうけとってくれる。けれど今はまだ、どうしようもなく兵器としての生き方しかできない。

 

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この純粋なまなざしが逆に酷だ。

この3巻は主人公のシーナ・ミミのペアのほか、セイラン・アリのペアが輝いている。というかむしろセイラン・アリのペアこそが3巻の主役だ。

そのセイランがミミに「なんのために戦うのか」と問いかける場面もある。はじめての友達シーナと以外でもミミの内面は揺れていくのだろう。これは4巻以降の変化を楽しみにしたい部分。

 

 

 

さてセイラン・アリのお話。

これがね・・・・・・いやぁ・・・・・・刺さったなぁ・・・・・・。めちゃめちゃ良かった。月並な言い方になってしまって陳腐なんだけれど、本当に好き。

2人をフィーチャーした3巻末の番外編「ひだまり」があまりにもやさしくて、美しくて、残酷だ。あざやかエンドロール。最高。読み終えてテンション上がりすぎてこの記事書きだしたレベル。

ここからはネタバレを含む記述になるので注意で。

 

 

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この2人の関係性がメチャツボって話をします。

セイラン(黒髪のほうです)は生真面目で気負いがちな女の子なのですが、アリ相手にはこんな柔らかに微笑んでくれる。ほんとうは年相応にかわいいものが好きできれいなものが好きで、でも自分には似合わないからって遠慮しがち。思春期か?思春期だよな・・・。

アリはそういう彼女のよわい部分も全部知った上で、でもあえて口にはしない。包み込むように彼女に接し、そしてセイランもそこに甘えるように心を開いていく。

 

セイランの努力が認められてか、ミミとの模擬戦の話がもちかけられる。そしてその先には実践が待つ。不安に陥りながらも、自分の使命を果たすために戦場へと進んでいく。彼女の無事の帰りを待つアリは、セイランにペンダントを渡していた。

 

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第14話冒頭より。 ここが凶悪。ひでぇことしやがる。

何らかのメッセージを魔法で刻んだペンダントだ。ここではこのメッセージはわからない。そして巻末の番外編「ひだまり」を読んでも、はっきりとした答えはわからない。けれど「ひだまり」で描かれているアリの内面描写にそのヒントが散りばめられている。

 

自分につけたはずの髪飾りを「わたしなんか似合わないよ」とアリにわたす。本当は自分がしたいのに恥ずかしくてできないセイランのために、一緒にペディキュアを塗った。

もっと甘えてほしかったんだ。もっとよわむしになってほしかった。もっと普通の女の子でいてほしかった。もっとずっとそばにいてほしかった。でもそれができない女の子だと分かっていて、その叶わない願いを込めてペンダントを渡していたのだ。

結局、どちらともが本当にしたいこと言いたいことを秘密にしていた。でも言葉にしていないだけでその秘密は筒抜けだった。見透かし合って、見透かされ合っていた。

 

セイランは、そのお守りがわりのペンダントにアリが込めた言葉を知っていたのだろうか。それはこれから語られるかもしれないし、語られないかもしれない。

自分なりの考えを書くと、「行かないで」じゃないだろうか。

その言葉をずっとアリは言えなかった。行ってしまうセイランに「行かないで」とメッセージをこっそりと渡していたとしたらとても美しく、アリらしいのではないだろうか。「ひだまり」のラストシーンはペンダントにメッセージをしたためる場面だと思われるが、その直前のモノローグは

 

セイラン あなたが

あなたがもっと弱虫なら

私もわがままを言えたのに

 

行かないでって

 

 最後までいうことができなかったアリのちいさなわがまま。それは何よりもセイランの幸せを願うわがままだった。モノローグにはそのいじらしい感覚がたっぷりと閉じ込められていて、セイランの命が消えてしまったあとにこれを読ませるという鬼畜の所業よ。願いは、届かなかったのだから。

3巻は悲劇的な結末を迎えた少女が真正面から描かれたのだけれど、あまりに美しいのだ。最低限の言葉と伏線だけがあり、悲劇がうんだ静寂にものさみしく反響している。余韻が素晴らしい・・・・・・。

 

 

正直いってメイン級のキャラクターがこんなに早く退場するとは正直予想していなかったので、かなりドキリとさせられた。でもこんなに鮮やかに喪失を描かれては、テンションあがるしかなかった。

 

余談だが2巻でパートナーを失った16クラスのエスタさんが再登場し、セイラン・アリのペアを見つめていたのも印象的な場面だ。

 

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この世界は、あたりまえのように誰かが死んでいく。毎朝のクラスルームで友人の死亡報告を聞かされる。そんなことはもはや珍しくもない。

そんな世界においても喪った人々はその傷を抱えて生きていく。次に死ぬのは自分かもしれないし、大切な誰かかも知れない。けれど彼らはそのために施設に入り教育を受けている生徒だ。逃れることも容易ではない。
残されたアリについての描写も、痛ましいが目が離せないポイントに違いない。4巻が楽しみ。

 

 

国の状況がどうなっているのか、なにを争い他国との戦争状態になっているのか、これは未だはっきりとは語られていない。今後も明言はされない可能性も高いと思われる。

けれど重要なことは、孤児を兵器として育成し戦場へ投入することを良しとするほどに切迫しているということだ。

その中で2巻第8話などで語られている禁術「蘇生魔法」は物語の根幹となっている要素と思われる。ミミの行く先にも影響する要素なのでここの秘密もどう描かれるのか。

 

とてもシリアスな物語だが、だからこそ一時の安らぎが描かれる場面にはとても心が癒やされます。

日常パートでほっこり柔らかな気分にさせてもらいながら、一気に揺さぶりをかけていく読み心地。その描き方も過剰にヒステリックなのではなく、シンと静まった深い哀しみが見事に表現されていて雰囲気をより奥行きのあるものにしてくれている。

 

最後に個人的に好きなシーンを紹介して終わります。 

ミミに持たせるための花を摘んだシーナ。ミミは大きな花かんむりを。そして自らには小さな青い花を。

 

ブルースター」の花言葉は「幸福な愛」「信じあう心」。

 

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いつ死んでもおかしくないこの世界。ここで生きる意味は。戦う意味は。
極限の状況下で、不安定な心をもちよって重ねていく少女たち。

 

 比較的スローな連載ですが、この3巻を読んでぜったい最後まで見届けようと決意しました。

 

 

 

 

あおのなち先生の過去作、短編集もおすすめです。昔記事も書きましたが、かなりバラエティに富んでかつエモい、魅惑の作品集。