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乱反射する恋模様がエモくてキツい『初恋ゾンビ』13巻

初恋ゾンビ (13) (少年サンデーコミックス)

初恋ゾンビ (13) (少年サンデーコミックス)

  • 作者:峰浪 りょう
  • 出版社:小学館
  • 発売日: 2018-09-18

 

そもそも初恋という概念がひとのカタチを持つというこの作品の性質上、恋心という不確定なものを繊細にあつかおうとする作者の義務感のようなものを常々感じていたのだけれど、いやはやここまで入り組んだ物語になっても鮮度の彩度も圧倒的。のけぞるしかない。初恋ゾンビ恐るべし。いまもっともエモがキツい少年誌ラブコメはこちらになります。

前作「ヒメゴト」はガチのマジで俺の人生オールタイムベスト10に入りそうな大傑作なのですが、正直いって連載始まって1年くらいまで初恋ゾンビについては、もちろん好きな作品ではあったけれど前作ほどに響いていたわけではなかった。

しかしやはり峰浪作品はキャラが成熟し関係性がこじれてからのストーリーが爆発的に面白くて魅力的!初恋ゾンビ、明らかに今が一番おもしろい!!!

とにかくこの13巻、いや12巻の時点でクリスマスに向けて物語は練り上げられていたわけなのだが(主人公の誕生日という美味しい設定まで付け加えて)もうラブコメの美味しい所だけ盛り付けちゃいました、な一冊になってしまっている。霜降りはひときれふたきれ食べるのが旨いのであってこんな山盛り持ってこられてもね、胃もたれしちゃうっていうか。こっちも歳なんで・・・あれ全然平気、おかわり! てなもんです。(何が)

(人間の)メインヒロイン2人ともが恋を自覚し、それぞれにいじらしく切なく顔を赤らめまくっているのが最高すぎてよくやく物語はここまで着たかという達成感と魅力的なヒロインたちを眺めることができる幸福感と一筋縄ではいかないこの作品ならではのセンチメンタル・モノローグに俺はもう「にょほほ~~~~~」って鳴くことしかできなくなった。

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にょほほ~~(泣)

この巻は江火野さんのがんばりがとても印象的でしたね。観覧車デートにまでこぎつけちゃいました。多少強引だけど、幼馴染という関係から一歩先にすすむにはそれしかない・・・。それで明らかにタロウも気持ちが揺れちゃってるんですよね。あきらかにソワソワと様子がおかしいふたりにニヤニヤがとまんねぇな・・・・・・!!

恋心を自覚してからの彼女は本当に女の子らしくて魅力的ですよね。なにをしていてもタロウのことが脳裏にちらついちゃってるような様子とか、前までどんなふうに会話していたのか忘れてぎこちなくなっちゃったりとか、何気ないワンシーンに緊張と高揚があって、ひたすらに尊い

話を戻して、観覧車デートなんですが、まぁよくもこんな読者のテンションを叩き落としてくれやがりますね。しかしそれでこそだ。正直、性急すぎた。これ以上ないタイミングだったかもしれないけれど、タロウの気持ちが追いついていなかった。駆け足すぎたがゆえの悲劇。セツナレンサ。優しくないけど僕たちは、誰かを守ってみたいんだ。

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ここで「ギク・・」だったんですよね。「ドキ・・」じゃなくて。

心臓の鼓動は確かだ。けれど表現の面白いところで、歓迎されるものではなかったような、タロウの気持ちとしては「ときめいちゃいけない」という後ろめたさまずあるのです。「ギク」っとしたことをまるで誰にも悟られまいと、タロウはそうして彼女を遠ざける。 見たことのない彼女の横顔に戸惑って、はねた心臓の意味を怖れて。 そして彼自身も傷ついて、砕け散る。

ここまで書いてもしかしてバレたかもしれないんですけど俺は江火野さん推しです。

でも物語としてきっと正しいというか、解決させてあげなきゃいけないのは指宿くんのほうだとも思う。それは恋愛の成就というカタチであってもそうでなくても良いのだけれど、「初恋ゾンビ」という作品が内包している性やノスタルジーや「初恋とは難儀なものよ・・・」みたいな男女のしみったれた感情のすれ違いや、そういったテーマにもっとも近くにいるのが彼女だから。

いちばん苦労して、いちばん臆病で、いちばん誰にもいえない恋をしている。指宿くん。ストーリーが進むに連れてこのキャラクターの肩に降り掛かってくる苦悩や悲劇がましていく。重く冷たくなっていく。けれど彼女自身はどんどん熱をましていくのだ。いよいよタロウへの恋を自覚し焦がれていく。

けれど13巻の彼女を語るには、同時にイヴというキーキャラクターについても書いておきたい。初恋ソンビという存在が帯びる神秘性やミステリーが本作のリード要素に感じるのだけど、その部分においてもこの13巻は目が離せない。

 

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怒涛の展開を迎えた13巻はイブと指宿くんという、実質"もうひとりの自分"との対話シーンでまさにクライマックスを迎える。もはや独立した人格を持ち始めたイヴと、そのオリジナルである指宿。奇妙な関係のふたりだが、いまその心は不思議なほどに重なり合い、水底に沈んでいくような悲壮感を漂わせていく。イヴの行方にはどんな未来が待っているのだろう。

 

イヴはいぜん絵画に入り込んで姿を消した初恋ゾンビにひどく感心を抱いていたことがある。おそらく初恋が昇華された象徴のようなものだろう、具体的なエピソードと主の思い入れがあるモノに初恋ゾンビは入り込むことがあるようだ。初恋の人を描いた絵画に。あるいは思い出のプレゼントに。

本来初恋ゾンビはその恋が実れば光となって消え、主が失恋すれば悪化し周囲に危害を及ぼす存在。それがイレギュラーとして、恋実らずとも本人が満足したうえで初恋を終わらせることができたとき、その恋を象徴するアイテムに入り込んでいくことがある。

思えば、初恋ゾンビは主を大切に思う(思ってほしいという主の願望込みだが)存在であるが触れることはできないという、不確かであまりにも切ない存在だ。初恋は実らない、手が届かないものだというがまさにそういう意味合いもあるのかもしれない。

しかしアイテムに取り付いてしまえば、それはきっとゾンビたちにとってのひとつのハッピーエンドなのだ。だってそうすれば主からずっと忘れられないだろう。ふとしたときに優しい切ない表情で、その思い出の品を取り出し触れるだろう。懐かしむだろう。きっと死ぬまでだってそんなシーンはあり得る。ゾンビでなくなったことで、大切な人にずっと大切にされる未来がある。その恋は実らず消えた後にも、きっと主は大切な思い出として一生を添い遂げることができる。

けれどイヴがいう「どんな姿になっても傍にいられる方法」という言葉は、あまりにも重く響く。けしてそれが最良だとは思ってはいないのだ。けれど主であるタロウの幸せを願うからこそ、彼女は苦しげにその言葉を紡ぐ。

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8巻収録の第74話にも語られたことだが、初恋ゾンビは恋の成就をみとどけて光となって消えることが本懐であるとキョウコが叫んでいた。それこそが私にとって本当に望むべき幸せだったと。

初恋ゾンビは常に矛盾を抱えたアンビバレンスな存在なのだ。消えることを望むのか、ともに歩むことを望むのか。ともに歩むと言っても初恋ゾンビにとって主は触れもしないし通常であれば見つけてももらえない。ただ寄り添うしかできない。そして多くの場合、主は別のあたらしい恋を見つけ、初恋ゾンビは悲しく眠りにつく。

そう考えるとその恋の締めくくりに思い出のアイテムに憑依する、というのは初恋ゾンビとしてはハッピーエンドとは言わずとも、グッドエンドとまでは呼べるべきフィナーレなのかも知れない。俺にはないけれど例えば初恋にまつわる思い出の品、借りた漫画本とか水族館のお土産とかペットボトルキャップのおもちゃとかもらったハンカチとか手袋とか、ラブレターとかきっとそういうものに宿って、今でもその人が初恋を懐かしんでしまうのは初恋ゾンビのせいだったりするのかも知れないよな。

 

そんなもうひとりの自分=イヴの内面を受け止めた指宿くんが・・・あまりにも切ない。こんなにもイブを苦しめているのは己にも一因があって、そしてイヴが1番に願ったことを聞いて見せた指宿くんの表情があまりにも鮮烈。

仮に指宿くんとタロウが結ばれたときにもイヴは苦しむだろう。「わたし"たち"は幸せになれない」というモノローグにも現れているように、指宿くんの悲しみはいたるところにある。想い人に振り向いてくれないことも。ひとりの自分を、どうしても自分には幸せにすることができないことも。そんな悲しい運命をすべてひっくるめて、イヴとふたりで生きていきたいと願う指宿くん、あまりにも辛い・・・・・・

 

それぞれのヒロインは恋を自覚し変わっていった。いや変わろうとしているさなかだ。対してタロウは、特にこの13巻で非常に印象深くなってきたのだが、明らかに保守的。省エネ男だから? 違う。彼は明らかに恐怖し、怯えている。

それは逃避のように、新しい感情やとまどいを自分のなかに見つけるのを恐れ、目も耳も塞いでときには人の言葉すら遮って、初恋を大事に大事に守り続けている。まるで自分にはそれしかもう残されていないかのように、『嘘と願望の防腐剤でコーティングされた』初恋ゾンビにまるで追いすがる。自分がいままで大切に温め続けた初恋だけをだきしめて、心を閉ざしていく。

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初恋を捨てるなんて、そんなことできる?

今までの自分のすべてを否定するような、そんな残酷な真似を。

ヒロインの恋愛感情の加速が思わぬ悲劇をうみ、主人公は心を閉ざし・・・明らかにメチャクチャ面白いし目が離せないんだけど、ラブでコメ漫画のコメディ部分がだいぶ薄くてかなりシリアスな1冊となっていました。いいぞ、もっとやれ。

それぞれの感情が入り乱れ、それぞれが不規則に変化しながらも重なっていくつもの色彩と、美しい風景を見せてくれる。まるで乱反射する光りのように。

初恋という名の呪いに囚われ続ける人々の、奇妙でいとしい物語はいまひとつのピークを迎えている。もしや完結か?とも感じたけれどいやいや物語は続いていく。

絶対に最高の初恋にしような

 

・・・むりかな。むりでしょ。

 

https://www.youtube.com/watch?v=kWXoncXOueo