「正直どうでもいい?」

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本当のきみなんて要らなかったのに。『なくてもよくて絶え間なくひかる』

なくてもよくて絶え間なくひかる (裏少年サンデーコミックス)

なくてもよくて絶え間なくひかる (裏少年サンデーコミックス)

  • 作者:宮崎 夏次系
  • 出版社:小学館
  • 発売日: 2018-08-17

 

夏次系の清純派。それがこれだ『なくてもよくて絶え間なくひかる』。

コンプレックスや不全感、くだらないこだわりに囚われたりはじめての感情にがんじがらめになって空回り、そしてどうしょうもなく誰かを求めては傷つけてしまう残酷な季節。思春期の災厄と魔法がこれでもかと注ぎ込まれた、高密度の青さを誇る一冊。

俺は夏次系が大好きなのでもはやこの作品が一般的にどう評価されるようなものなのかマトモな判断がつかない状況ではあるのですが、 ・読み心地の良さ ・この作家さんならではのトリッキーな構成 ・リアルな学園を舞台にしつつ、少しだけファンタジーが入り交じる世界観 ・ディスコミュニケーションと、眩しいボーイミーツガール などなど、夏次系作品のベーシックな要素が詰め込まれている、王道と呼べる仕上がりなのではないかと思う。悪く言えば、過去の作品集で、それぞれの要素をより濃縮したマテリアルが発表されているのだけれど。小学館という新しい舞台で発表された作品であることも影響してか、非常にストレート(メッセージを掴み取りやすい)でここから作品にふれるという人にとって優しい・・・のでは・・・ないだろうか・・・いやわからん・・・・・・・・・

冴えない男子高校の主人公、並木くん。内省的な彼は脳内に大切なオリジナルキャラクターがいたのだけれど、ある日それをまったく同じの意味不明な名前の少女に出会ってしまう。ゴールデンユキコ。このゴールデンが儚げな美少女ビジュアルに反した超絶わがまま性悪少女なもんで、並木くんはずっと振り回されてしまうのだ。

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孤独だったりやりきれなさだったり自己嫌悪、あるいは自己憐憫・・・見て知れる半径が小さすぎる思春期。なんなら自分のなかみすら計りきれないのに他人のなにを分かるというのだろう。なにを思いやれるというのだろう。並木くんは本当に接し方がへたくそで、そんな不器用な彼が適当にゴールデンさんにあしらわれていくのを見て笑いもするし、切なくもなる。伝えたい物事が伝わらない瞬間のひんやりとした絶望感・・・。

 

ボーイミーツガールという要素のほかに、本作はテーマのひとつの親との関係性を思春期の彼らがどのように乗り越えられるかという事もあるように感じる。主人公だったりヒロインのユキコさんだったり、いやそもそも過去の作品でもよく見られることだけれど。少年少女にとって身近な異生物、コミュニケーションを取りづらいもやもや~っとした空気感がいいスパイスになっている。そこの窒息感がだれかを求めたいという原動力につながっているんですよね。親からの承認というのは本当に重要で、それがないと自分が何者かもわからなくなるような不安定さが10代の味なんだよな。

それにしても並木くんの父親も母親もクセモノすぎて、そりゃ居場所もなく妄想にふけるようになるわ・・・という納得がある。けれど作品のトリックが明かされた後に思うのは、両親の言葉というのは本当に彼ら自身の言葉なのだろうかということだ。どこかにひとつ、主人公の被害妄想というか、自覚している言葉が散りばめられているような気がして仕方がない。それがどれかは明かされてないのだけれど。(終盤のおじいちゃんの”オッケー。”もうるっと来る)

第12話で明かされるトリック、どこからが現実でどこまでが妄想だったのだろうかと、その境目が見えなくなる瞬間。そこで一旦、信じられるものが何もなくなる。どんな言葉をぼくは言っていた?誰といっしょにいた?ぼくの気持ちはどれが本当?

そこに残酷ながらも答えを与えてくれるもうひとりのキーキャラクタ、竹智さん。

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全部本当なんだ。きみとぼくの間の失敗はもう取り返しがつかない。深く傷つけた涙は忘れようもない。嘘であってくれよ。でもなんともならないんだなこれが。

並木くんが夢中でゴールデンさんにしっぽを振っているとき、その様子に惹かれてしまった不憫な悲恋体質女子。いや、俺はこの娘に完全に堕ちてしまったんですよ。上記の涙目のシーンもそうですけど、悲しげな表情やしぐさが抜群に似合う、夏次系ワールドの具現化ヒロイン。それでいてコミュ障・並木くんでは振り飛ばされそうなスピード攻勢よ・・・!なんやねんペロッて!!

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はぁかわいい。ふざけんなよ並木。彼女こそ幸せにしてくれよ。いや並木くんじゃムリかな・・・

彼女が別れ際にいうセリフがとことんいいんですよ。

並木くんは・・・きれいなものばかり見てるから 見つけたらずっと見てるから 私もそういう人になれるかと思ったの 並木くんと同じになりたかったの

それはもう、妄想してばかりだった僕をどれだけ救う言葉か知れない。それしかしてこなかった僕を見つけて、その横顔を見ていてくれていたのだ。けれど僕はきみのことを見つめることができなかった。あまつさえ、性急に体を重ねようとして失敗までして。でも決して性欲だけじゃなかったはずだ。なんでもできる気がしたのに。美しいものに、なれたかもしれないのに。

『並木くんと同じになりたかった』というフレーズの重みが凄いですよね。こんな肯定的なことばある? 自信のない思春期のしみったれた男子に、こんなに響く救いあるか?

美しいものをただ見つめている人に。互いを見つめ合うより、おなじうくしいものを見つめていられるような「同じ」になりたかった。でもそれは叶わない。だって彼は彼女を、本当に見てはいなかったから。本当がほしかった、けれど見ようとしなかった。一方的な関係に過ぎなかったのに、並木の意思が弱かったせいで竹智さんを傷つけた。あの日、部屋に父親が乱入しなかったらなにか変わっただろうか?ゴールデンユキコがゴールデンユキコなんて名前じゃなかったらなにか違っただろうか? そんな無意味な現実逃避すら慰みにならない。致命的なすれ違いと、本心から向き合った結果の破滅だった。

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ゴールデンユキコと、天井をただ眺めただけの夏の日。物語の終盤は、ほんとうのゴールデンユキコを並木くんが探していく物語になっていくのだけれど、その一幕だ。竹智さんとの物語を終えた後にくるもんだから、こんな質素なシーンにすら感じ入ってしまう。泣ける。ただ静かに肩を並べて寝そべっている。それだけなのに、ボーイミーツガールとしての密度が上がるとこれだけで最高にエモーショナル。このとき、彼女は喪失の予感を抱えていたはずだ。それなのに、静かなその横顔にそんなのもの色ひとつ見つけられないのだ。

終盤はほんとうに名言で殴りつけられてくるのでメンタル弱ってるときに読むことは絶対におすすめできない。昂ぶった主人公が、いつもだったら目を背けているはずの事実をほとんど自虐みたいに確かめていく。自傷行為でしかない。

すげえな、お前。 ひとりでも大丈夫だったんだ、お前。 結局。

悲しがることに浸って肥大化した男の子。喪失、強烈な孤独。これまでの夏次系作品でさまざまなキャラクターが陥ってきた毒の沼。孤独という神経毒。隠しきれない傷で自分も他人も理不尽に傷つけて闇は広がっていく。でも本作は、ゴールデンユキコというキャラクタのもつ生命力にすごく救われているように感じる。彼女は本当につよい少女なのだ。儚げなビジュアルに反して、たくましい。ある意味、コテコテのツンデレとも言えるのだけれど、夏次系先生が描くとどうしてこんな特別な佇まいに描かれてしまう。特別な存在感を纏うのだ。

 

冒頭に述べたとおり、ボーイ・ミーツ・ガールとして魅力的なエネルギッシュさと、作家性が色濃く現れた親密なネガティブ感情、そこに翻弄される若い魂たちの行方が魅力的に描かれる。夏次系先生1冊まるっと描かれた長編でもあるわけで、ここから夏次系ワールドにふれる人にもおすすめしたい。このナイーブな透明と青の世界観に惚れ惚れしてしまうんだよ。本当に。

本作はとくに主人公が妄想の世界に浸りまくるうえにコミュニケーションもろくに取れない、情けない状態の少年なんですけど、そこで共感できる要素が大量にある。そこから主人公がちょっとずつ進歩していくもので、思わず涙腺が熱くなってしまうのです。ヒロインも2人共が魅力的。

カバーイラストのような真っ白な世界に、言葉だけが漂っているような、少なくとも自分にはひどく染み込む物語でした。この作品にピンときたら過去の短編集はだいたいどれも行けるのでは。

 

本当の君を見つけたい。この現実で。その勇気を持って。 ぼくの描いたくだらないパラパラ漫画の起こした小さい風がきみの髪を揺らしたとき。 あるいは君と手をあわせたとき。

本当のきみなんて要らないはずだった、きれいなものばかりを見ていた僕だから。

 

 

 

 

 

 

 

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裏サンの背表紙のロゴが絶望的にクソ邪魔オブ邪魔でなんとかしてくれ。