「正直どうでもいい?」

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胸の奥がずっとずっと熱いままなんだ。『演劇部5分前』

演劇部5分前 2巻 (ビームコミックス)演劇部5分前 2巻 (ビームコミックス)
(2012/05/14)
百名哲

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演劇部5分前 3巻 (ビームコミックス)演劇部5分前 3巻 (ビームコミックス)
(2012/05/14)
百名哲

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   けどそういう時 こういう思い出少しずつ消費しながら 生きてくんだろうね Fellows!にて連載された、百名哲先生の「演劇部5分前」が、2,3巻同時発売で完結。 1巻が出たのは2010年1月・・・なんと2年以上も間が開いてしまいました。もう忘れちゃってる人もいるのでは・・・しかし1巻を読んだ人がこの2,3巻を読まずにいるのは正直もったいない。もったいなさすぎる。 3巻までじっくりと読み終えて一息ついて余韻にひたると、なんて清々しい青春を描き切った作品だろうかと。なんてカッコいいヤツらだと。そんな想いがじわじわとやってきました。 今回は1巻から3巻まで通しての、シリーズ全体の感想でも。1巻の感想書いてなかったし。 主役は演劇部3年生の女の子たち。後輩もおらず、部を続けていくのにも跡がない状況。 正直、スタートはそんなに面白くなかった。 けれどシリーズ全3巻を通して読んだ今なら1巻あの、うっとおしいくらいの喧騒とおふざけや、やる気はあるけど充満する倦怠感、なかなか進まないストーリーも必要なものだったとわかります。 最初彼らは、本気になりたくても本気になりきれなかった。気楽に遊んで楽しんでいたい。 全力をかけて勝負の世界に挑むというのは、勇気がいることなのだ。 物語の始まりがヒドいものだったからこそ、そこからの変化が気持ちいい。プロ意識・上昇志向のかたまりのような少女・矢野が入部する1巻中盤から少しずつ、少しずつ。 ストーリーが進むにつれみんなが変わっていく。どんどんとメンバーたちが「本気」になって演劇にのめり込んでいく様子には、何度も何度もゾクゾクさせられました。 演劇部5分前(3巻230ページ) 本作のクライマックスのアッコ。あんなにふざけてばかりだった女の子が、演劇に命を燃やすように頑張って、やりきれなさに顔を歪め涙を流すまでになる。 主人公のアッコだけじゃない。最初はあきれ果てていた矢野や、「演劇なんて嫌いになった」と言い放つ、昔は劇団に入っていた教師・早坂・・・などなど否定的な意見も持っていた人たちもいつの間にかストーリーを協力に動かすキーパーソンになり、心通わせる友人になり、ますます賑やかに物語も熱気を帯びていく。 単純に言い切れることではありませんが、単行本ごとの面白さだったら1巻と2、3巻は段違いですよ。後半になるにつれてものすごい勢いで面白さが加速していく!


細かく「このシーンはどうだ」「このシーンもたまらん」とかやってるとキリがないこの作品。 些細なワンシーン、ちょっとしたセリフの1つ1つ、その断片にでさえこの作品は鋭いメッセージを発してくる。メッセージは読者に向けてでもあると思うし、作中のキャラクターたちを導くためのものでもある。 そしてキャラクターが見せてくる何気ない一瞬に強烈なインパクトを与えられたりする。 例えば藤本さんが珍しく意地を見せてくるこのシーン。 演劇部3 (2巻186ページ) 自分の中に感情を押しとどめがちな、おとなしい藤本さんの性格を思うと結構意外なシーンなんですが、なぜこう言ったのか、その心境を想像しては興奮する。「アッコ、見くびらないで。」なんて言っちゃうわけですよ。彼女にだって譲れないものがある。これは彼女が誇りを持って仕上げてきた「仕事」なのだ。 友達同士の誠実な思いがぶつかりあっても、うまくいかない時だってある。 けどぶつかってこそ気付けることだってたくさんあって、この翌日にちょっと照れくさく挨拶を交わす2人に思わずニヤリ。こんなやりとりができている時点で、以前までの彼女たちではない。とっくの昔に本気で、情熱燃やして演劇に立ち向かっているんですね。 それとこのシーンは、さっき画像を張った3巻のアッコにもつながっています。 ほかにも矢野さんに関しての描写は素晴らしいですね。 プライドが高く、役者としての技術もある。けれど彼女もいくつも壁にぶつかる。なによりそのプライドがジャマをして、他人を認めること出来ない事が大きな課題でした。 矢野さんがどうやって周囲に馴染んでいくのか・・・。彼女は本作をひっぱっていくキャラクターですし描写も非常に多いです。彼女の成長もまた見逃せない、無茶苦茶に心熱くしてくれるポイントでしょうね。本作では珍しく、まっすぐとしたラブコメをくりひろげることにも注目かw いや、もう登場キャラ全員に愛着が湧いています。初期メンバーだって、途中から加わる新メンバーにだって。 この作品はかなりキャラクターを追い詰めますよ、精神的な意味で・・・それはもうエグいくらいに。読みながら「もうやめてやってくれ・・・」と感じたこともしばしば。 けれど追い詰められて・・・その先できちんとカタルシスを味わわせてくれる。 満面の笑みを浮かべることはひょっとしたらできないかもしれない。けれど絶望のままで終わらない、希望を与えてくれる物語になっていると、ラストを読んでじみじみと感じました。 各キャラクターの掘り下げもしっかりしていて、何気ない動きの1つ1つにも特徴が現れています。 一つ難点を言えばブーちゃんに関してもっとエピソードが欲しかったなーとは。 でもブーちゃんなてネタキャラ・ギャグキャラにしかならないようなキャラクター(少なくとも登場当初はそうとしか思えなかった)を、ばっちりストーリーの本筋に絡め、シリアスな場面にだって活躍するようになっていたのは素晴らしい。 この作品を魅力的にしていることに、豊かで巧みな人物描写があります。


魅力のもう1つ、それは間違いなくストーリー。特に終盤は問答無用に心揺さぶってくるようなエネルギーを感じました。 これを逐一説明してちゃ意味がないので「是非読んでください!」ってとこですが。 しかし3巻の中盤からラストにかけて・・・練習に練習を重ね、汗も涙を流して頑張ってきたことを結晶させる、まさにそのタイミングになってからの展開は壮絶の一言。 ただただ慄く。あまりの迫力に。鬼気迫る舞台に。 そしてクライマックスでアッコが見せた渾身の「振り返り」!この見開きを見た瞬間の衝撃といったら、まんまのこの作品にしてやられたなと思いましたよ・・・! みんなが一緒になって突き進んだ日々。一瞬一瞬がかけがえのない思い出になっていく。 演劇に関する専門的なシーンも数多く盛り込まれており、本格的なこの作品。 そしてその至る所に青春らしい空気が漂っているのが、いいんだ。 部活漫画というのが青春と強く結びつく題材。この作品も様々な青春の一面を描いていきます。それは熱血というだけではなくて、ぼんやりとした将来への不安とか、家族・兄弟とのいざこざとか、友達との間柄とか、恋だとか・・・。 そういう青春らしい感情を胸いっぱいに感じて、その全てを舞台の上で、演技として発露させる。全てが芸の肥やしだ。そんなキャラを最近PCゲームでもプレイしたけれども・・・演劇という題材は、見た目よりも本当に奥深いようです。 とは言え、すべての出来事が芸の役に立つとは言え、この忙しくも楽しい日々を全力で楽しみ、そしてその終わりを惜しむ気持ちにこれっぽっちも嘘はない。 演劇部2 (1巻17ページ) 本格的に練習をする前。くすぶっていたころのアッコは「ずっと今が続けばいいのに」と思っていました。最後まで読んで再びこの第一話を読みなおした時、こんな所にも成長が現れていたのかとビックリですよ。 途中、なぜ演劇は心にのこるのか、それは記録ではなく記憶に残るから、記録するものはないから、せめて何も見逃さないよう・聞き逃さないよう最大限の集中で臨むからだ・・・と、そんな説明がされました。 それを踏まえて3巻クライマックスのアッコがどんな心意気で演じたのかというと、それはネタバレになるので避けたいのですが、それは1巻最初の彼女のものとはだいぶ違ったものでした。 「今がずっと続けば・・・」じゃない。「今が終わっても、この瞬間が記憶に焼き付いてはなれないような演技を!」 と。それは永遠なんかありえないと悟った、寂しくも確かな成長のあかしでもあるでしょう。刹那的とも言る生き様をアッコは見つけるんですよね。 そして一番にシビれたあの最後のページの、最後の『お別れ』。 最高にカッコいいラストシーンだと思います。いろんな含みがある言葉でした。そしてこれは、演劇部である『今』への手向けの言葉だとも思うのです。上の画像の1巻の頃のアッコとは、もう決定的に違っている。 紆余曲折ありましたが、最後の最後はなんと静かな、なんと鮮やかな幕引き。 それは主人公の成長を確信させてくれるもの。ちょっとだけ寂しさに後ろ髪ひかれる・・・けれどそれよりも胸が熱い。一言ではとてもいい表せない、極上のラストシーンですよ。


『演劇部5分前』1~3巻にまたがっての感想でした。大好きな作品です。 決して絵は上手くないこの作品。勢い重視でもっと描写がほしい場面もありました。けれどこの作品にここまで心惹かれるのは、ひとえに「物語」の魅力にまとめられそう。 その内容はずらずらと書いてきたわけですが、正直こんなの俺の感想文読んでくれた所で面白さの一かけらだって掴めないとおもいます。読む人が実際にこの世界を体験してこその、奥深い面白さ。これは一読の価値は十分にあると思います。 特に2巻以降、物語が加速し熱を帯びてから、まさしく世界が変わっていく。その素晴らしさとある種の残酷さは読み応えがあるはずです どのキャラクターも成長が描かれていて、気分もとてもいい。 けれど一筋縄ではいかない人生のシビアさだって存分に込められた、愛もあれば意地悪でもある、実に味わい深い作品。 演劇に情熱を燃やして燃やしまくって人生における一瞬を駆け抜けた演劇部。 この日々はきっと誰もが忘れられない。それはひょっとしたら、読者ですらも。 『演劇部5分前』 ・・・・・・・・・★★★★☆ 高校演劇を描いた青春部活漫画。色々ひっくるめて愛おしい漫画。辛い場面もいっぱい。幸せで楽しい場面もいっぱい。大切な思い出を刻みつけよう。