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秘められた永遠の始まりへ。 『朝霧の巫女』7巻

朝霧の巫女 7 (ヤングキングコミックス)朝霧の巫女 7 (ヤングキングコミックス)
(2011/01/31)
宇河 弘樹

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   何を苦しみ 恐れることがあるのでしょうか 6巻から1年と一か月ぶり、「朝霧の巫女」の7巻が発売されてます。 連載はとっくに終了してるのにいまだに単行本作業が終わっていない、ということで有名なこの作品。連載終了は2007年。全9巻構成で、やっと先日7巻が発売されたのです。 連載当時アワーズを読んでいなかった自分はこの単行本発売ペースにやきもきさせられっぱなし。一体いつ最終回を読めるのか! なんで連載してないのに単行本一冊出すのに一年もかかるのか・・・なんて言いたくもなるものの、実際に作品を読んでみればその理由は即時理解。力の入れ込みようがハンパ無いのです。これぞ職人技。5巻発売前には既に出ていた1~4巻のリメイクも検討してましたし(結局流れましたが)、強いこだわりをもって本作の製作を続けている宇河弘樹先生。 そんなこんなで、今日はじっくりと作り込まれた朝霧の巫女7巻の感想です。


7巻は大24話「妹背の花」1~4からスタート。 とある目的のために同じ人として輪廻を生きている(呪いと蔑まれもする)乱裁と菊理。 ついに本格的に動き出し6巻にて柚子を手中に収めた彼ら。その永遠のような旅路の始まりとなったのは、650年以上前・南北朝時代でありました。 この「妹背の花」のお話は、全編普段とは絵のタッチが大きく異なっています。過去へ大きく遡る内容のため、時代を感じさせる演出なのでしょう。こういうところにも力が入ってますね。 内容も少々難解ですが、それだけ読み説く楽しみもあるというもの。wikiとか歴史系サイトを見ながらだとより楽しめるかもしれませんので、ちょっとリンクも張ってみたり。 主な登場人物は乱裁となる楠木正成と、その妹(作中では女性)楠木正季(菊理)、そして彼らの主君である後醍醐天皇です。 人が伸し支配する世を「虫がつくままの醜態」と一蹴し、今一度神が統べる日本国を取り戻そうとする天皇六波羅探題、そして鎌倉幕府までを解体し新たな国づくりに着手せんとする中、鎌倉・足利氏が挙兵、対立。正成は足利氏へ和議を申し込むべきだと助言をしますが・・・。 そして史実に沿い、舞台は湊川の戦いへと移っていきます。 人間至上主義と神話至上主義の思想の対立。 結果的に足利氏に敗れる朝廷側ですが、彼らの悲願は現代にまで続いているのですね。 また、歴史上の出来事に色々とアレンジが加えられており、例えば後醍醐天皇は幼女です。 20110215225529.jpg 生意気そうな元気のいい女の子。良いですね! 他にも気になる点は結構ありましたね。流石に見所の多い。 正成は戦場にて人並み外れた力を発揮しますが、78、79Pの見開きを見るにこの時点で幽世を手にしていているようで。決死の覚悟に宿ったものなのか、元来彼に宿っていたものなのか。「乱裁」を継ぐ前にこの力を得ていたということは、やはり素質があったのだなぁ。妹の菊理には神を降ろす巫女の素質の強い体質であるわけですし。 楠木正季が女性、しかも正成と兄妹でありながら恋心…と簡単に言ってしまえるのか分からない程、強い関係性と想いを抱いているのも面白い。 兄と妹であり、戦場では背中を預けられる相棒、そして並々ならぬ愛情で繋がる2人。 菊理である正季が残した言葉で「妹背の花」は幕を閉じるのですがそれが「菊理が恐いのはただひとつ この身が百度千度滅ぶうちに兄上への想いまでが消されはしまいか ただそれだけなのです。」というもの。 愛するものと共にゆけるなら、死すらも恐れようはずがない。本当に恐いのは、永遠に等しい時間の中で大切な想いまでもが掠れ薄れていくかも知れない、自らの弱さ。 なんて純粋でひたむきな愛情でしょうか。彼らはそのまま六百年以上もこの世に在り続けているのです。互いの剣で身体を刺し合い果てる最期も壮絶…! これまでミステリアスなままだった乱裁と菊理の関係性とその目的がはっきりと分かったことで、彼らへの愛着も増してきました。彼らは幸せに終わることができるのか……。


単行本中盤からは現代に舞台を戻し、柚子のいなくなった空虚な日々が描かれます。 事態の深刻さを飲みこみ切れていなかった自分にイラ立つ主人公・忠尋。 罰を欲してこまさんから貰ったタバコを吸ってみたり、不登校してみたり、外見落ちついている彼ですが、相当な後悔に悩まされている様子。静かに闘志を燃やし、柚子奪還を誓います。 柚子と過ごした幼少時代の過去回想シーンも入るのですが、そこでのやりとりも印象的。 自分が他の子とは違うことが分かっていた幼い忠尋。幽世の存在を見つめ、あえて孤立しようとする彼の手を柚子は引いてあげます。 20110215225448.jpg 異質だとしても、自分とは違っても、逃げたりしない。 理解のためにもっと近づく。その手を握る。それができるのが柚子という女の子。 それは彼女の姉である倉子でも同じなようです。倉子さんの回想シーンも重要。 彼女は幼いころ、妖であり友でもあった花於に酷い裏切りをしてしまったことをトラウマに持ち、それに悩まされていました。 そしてある日流し雛の行事の最中、彼女に大きな変化が。 20110215225523.jpg (クリック拡大) 雛人形に人間の悪い病気や不幸を全て託して川に流し、健康を祈るというこの行事。 悪いもの全てを人形に肩代わりさせて、自分と無関係なものにしてしまう。 異質なものに対して無視を決め込む、人間の身勝手さが倉子には見えた。 上の画像の2コマ目、人形たちを見送る3人の後ろには大勢の人影が見えますが、これはつまり人間界ということでしょうか。対して穢れを背負い流されていく人形たちが向かうは幽世か。 それはかつて自分が花於にしたことを、本質は同じ。 今度こそ見ないふりも知らんぷりもしない。 その風景を見つめていた倉子は海に入り、波をかきわけ人形たちの元へ歩み寄る。 この時に彼女はトラウマを乗り越える事が出来ましたし、この時の考えが忠尋を家族として家に招き入れたことにも繋がるのですね。あの家の方針は、この時出来上がったと。 「寄る辺」でなければならなかったのだ、自分は、あの家は。 非常に印象に残るシーンでしたが、この後心苦しい帝の決定が知らされ、読んでる方としてはかなりキツい引きで7巻は終了。ラストのこまさんにはテンション上がりましたが…確実に悪い方向に話が進んでおり、いよいよ終盤と呼べる個所に入ってきたのかなと。


ちょっと長くなりましたがまとめ。 神、人、森、妖。純和風な作風が魅力的な「朝霧の巫女」ですが、7巻も心地いい雰囲気で読ませてくれました。この作品の背景描写がなにげに凄く好きなのです。靄のかかった空気感。 そして何と言ってもこの作品の演出技法は凄い!演出の上手い下手は勉強不足な自分には分からないのですが、物語を追う楽しみに付随して、読み返すことで見えてくる新たな作品のメッセージやキャラクターの心理に何度も震えました。本当に奥深い作品です。 単純な物語の面白さ・重厚さもたまりません!引き込まれる、読ませられるなんて言い方はまだ甘いか。引き摺りこまれる、取り込まれる。そんな感覚。 胸倉掴まれて直接物語の空気に酔わされるような、そんな迫力があります。 ガンコな職人のように製作を続ける宇河弘樹先生。朝霧の巫女は全9巻になるということで完結まであと2冊。いつ完結するのか見えないのが辛いところですが、いくらでも待ちます。本気で。 カバー裏ではお約束の御遊びモード全開。相変わらずひどいノリの任侠4コマも楽しめますが、それよりも背表紙が…。「終わコンの巫女」なんて言わないで下さいよw 巫女さんはまだまだ現役です!人間と神話が紡ぐ純和風物語「朝霧の巫女」、8巻にも期待大! 『朝霧の巫女』7巻 ・・・・・・・・・★★★★☆ 待つだけの価値は十分な朝霧の巫女最新7巻。あーやっぱり面白いー。 ・・・・・・ネタバレは勘弁してくださいと切実に。なんで雑誌で読んでなかったんだ自分は・・・!