「正直どうでもいい?」

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隠された想いが胸を打つ・・・アンドロイドと人間の切なく暖かな未来。 『イヴの時間』1巻

もう涼しいじゃなくて寒くなってきたような。

イヴの時間(1) (ヤングガンガンコミックス)イヴの時間(1) (ヤングガンガンコミックス)
(2010/09/25)
吉浦 康裕

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   Are you enjoying the time of EVE? 吉浦康裕監督のオリジナルアニメ作品をコミカライズ。 アニメはネット公開され大きな話題を呼び、今年の春には劇場版も公開されました。 自分としてもお気に入りの作品だったので、コミカライズは嬉しい限り。 未来の人間とアンドロイドの関係性。 今まで数多くの作品で触れられてきたであろうこのテーマに、改めて真正面から挑む本作。 今日はこの漫画の感想をー。


舞台は未来、多分日本。 アンドロイドが「家電」として実用化、一家に一台備えられていることが当たり前の時代。 主人公・リクオの家には女性型アンドロイドのサミィがいた。 ある日、サミィの行動履歴に不審な点があることと、彼女の報告と行動履歴とにやや矛盾があることに気付いたリクオは、友人のマサキとともにサミィが訪れたと思われる不思議な喫茶店にやってくる。 店の名前は、「イブの時間」。 そこは通常では認められない、独自のルールが掲げられていた。 『当店内では…人間とロボットを区別しません』 その異常さを理解するには、この作品の世界の前提を知っておかなければなりません。 アンドロイドは家電です。道具です。 たとえ外見は人間そのものだとしても、彼らは所詮機械。 まれにアンドロイドに異常な愛着を持ち、恋愛感情まで抱いてしまう人間もいるが、そのような存在は社会不適合者。「ドリ系」として笑われ蔑まされる。 …というのが、一般常識としてある世の中が舞台。 まるで便利な奴隷のようなモノとして、アンドロイドは扱われます。 主人公・リクオもそこまで過激ではなくとも、人間が圧倒的優位に立つという考えを持つ。 それが自然で当然で、認められた世界なのです。 そんなリクオですが、「イヴの時間」と出会ったことで、少しずつ変わっていきます。


人間とロボットを区別しない空間、イヴの時間。 オーナーの凪さん、元気いっぱいの女の子アキコさん、賑やかな子供チエちゃんとそのお世話係シメイさん、いつも本を読んでいる寡黙な男性セトロさん、いつもイチャついているコージさんとリナさん…ひっそりと隠れるようにあったその喫茶店には、意外にも客はそれなりにいた。 初めて訪れた喫茶店でやや戸惑うリクオとマサキだったが 気さくに話しかけてくれたアキコとすぐに仲が良くなり、会話を弾ませる。 じきにアンドロイドの話になった中で、アキコはこう口にした。 「私は人間もアンドロイドもみんな家族だと思うのよ」 「いろいろ話してもっとわかってあげたいの。だって、家族だから」 「よくこう思うの。 “あなたは私をどう思っているの?”…って…」 アキコさんは、ロボットに愛着を持ちすぎる「ドリ系」なのか…と考えるリクオ。 アンドロイドを家族と考えるだけでも異常だと思われてしまうこの世界では アキコさんのような人間は、確かに心苦しいだろう。 所詮エゴなのかも知れないが、それでも大切に想う気持ちはあって良いのでは… なんとなく彼女のことを「ドリ系」と嘲笑うのははばかられるリクオ20101019015232.jpg (クリック拡大) だからこそ、アキコがアンドロイドだと判明したとき、リクオは驚愕する。 アキコはあんなに自然に、楽しそうに会話をした。 ロボットのような事務的なものじゃなく、きちんと暖かな体温を感じる言葉で、 まるで人間のように、自分と会話をした。 ロボットには自分の知らない一面があることを、 彼らにはきちんと感情があることを、リクオは理解する。 そして彼女の「イヴの時間」での言葉は、彼女がアンドロイドであることを踏まえた上で聞きなおすと、意味が180度変わるのだ。 「私は人間もアンドロイドもみんな家族だと思うのよ」 「いろいろ話してもっとわかってあげたいの。だって、家族だから」 「よくこう思うの。 “あなたは私をどう思っているの?”…って…」 アキコは人間じゃない。これはアンドロイドとしての言葉だった。 彼女は人間を家族と考えているのだ。 人間たちはアンドロイドを家族なんて思っていない。道具としか思っていない。 事実アキコのマスターは、アキコをただの機械と扱う。 常に高圧的な態度で、傘も渡さず家に帰されたり、荷物運びさせたり、怒鳴りつけたり もはやストレスをぶつける人形にもされてるような。こんな扱いが当然の社会だ。 そんな器のちっちゃい人間たちに対し、アンドロイドたちは 人間を家族だと、もっと歩み寄りたいと思ってくれている。 決して報われない隠された想いがあったことを、リクオは知ってしまった。


明確に人間とアンドロイドを区別したがる人間たち。 それはアンドロイドの外見が、あまりにも人間らしいからだろう。 人間とアンドロイドを見た目で区別するのは、頭上のリング以外に無い。 だからこそ、必要以上にアンドロイドをロボットとして、機械として、道具として扱う。 そうしなければ人間とロボットの境界線が揺らいでしまうからだ。 作中にもあった言葉だけど、浅ましいことにその「境界線」は人間の優位性を示すことに落ち着いてしまっている。人間の尊厳を守るためという大義名分を掲げ、ロボットは人間に従属する存在だという世界の常識を創り上げた。ロボットが恐いんだ、人間は。 徹底的に「ロボット=道具」という風潮を世間に植え付けようとしている倫理委員会の胡散臭さはもう見ての通り。ロボットを大切にすることに、必要以上に過敏になってるいるのは間違いない。 そもそもアンドロイドは作られた存在であるわけで、彼らが感情を持っているということは製作サイドは“あえて”感情を持つようにプログラムしていることは明らか。必要がない面倒はしないだろう。 にも関わらずそれをひた隠す政府(倫理委員会)…。 そう考えるとやっぱり倫理委員会の言い分はおかしいなと改めて。 彼らが目指す社会において、アンドロイドの感情なんて不必要すぎる。 なのにアンドロイドたちはみな感情を持ち、それを人間には悟られないようにしている。 「ロボット=道具」の風潮は、アンドロイドに心理的に近づきすぎてその秘密を知る人間が発生するのを防ぐためなんだろう。何故そんな無駄な危険を冒してまで感情をこっそりプログラムしているのか。 まとめると。 アンドロイドが感情を持っていることを一般人に知られてはならない理由と、 それでも絶対に各アンドロイドに感情を備えさせなければならない理由があるはずなのだ。 それがなんなのかは、物語が進めば明かされる…はず! (アンドロイド開発機関と倫理委員会は別なのかな) …さて、ちょっと話を戻してみる。 確かに、境界線を揺らぐということは恐ろしい。 尊厳うんぬんを理由にしていることを先ほどちと批判したけれど 人間のアイデンティティを守るなら、有効な手段ではあると思う。 優位に立つことでしかそれを保てないのは人間の弱さだとも思うが…。 …なにを変なこと言ってるんですかね俺は。臭い思想家になってるぞ。 しかし、ますますもってロボットたちはかわいそうだ。 何か政治的理由?で勝手に感情を持たせられ、その感情を隠すような生活を強いらている。 人間のような外見と心を持ちながらも、人間たちに道具として使われるアンドロイドたち。 感情を持たせられたせいで、本来感じるはずのなかった痛みを彼らは持っている。 残酷だなぁ。 この世界にアンドロイドたちの幸せなんて、ほとんど無いように思えてしまう。 彼らは今のところ、傷つけられるために生まれているようなものだ。 人間と歩み寄りたい思っているアンドロイドにとっては。


そんな苦い思いをしながら読み進める中で、リクオの姿は非常に眩しいものです。 歩み寄りたいと願うアンドロイドたち。 その隠された想いを知ってしまったリクオには少しずつ変化が・・・。 マスターのためを思って工夫をした、サミィの淹れるコーヒー。 最初は「そんな命令はしていない、余計なことはするな」というスタンスだったリクオ。 けれどいつしか彼は変わりました。 彼らの想いを、不器用ながらにほんの少し掬ってみせたリクオ20101019015216.jpg 小さな小さな、大きな一歩。 その言葉には、感謝も込められているはず。 この後リクオは目にしませんが、サミィはこっそりほほ笑むのです。 嬉しそうに。人間のように。 単行本後半で描かれるアンドロイドたちの恋愛も面白い。 その内容も、ちょっと切ないながらも胸熱くなるものですが こういう恋愛を絡めたエピソードもあるのは、個人的にも好き。 恋愛ができるほどに完璧な感情を持ち合わせているのか、という驚きと リクオとサミィの未来に、1つ面白い可能性も増えたなという、下世話な楽しみが…! それと、これは漫画版にて自分は初めて触れるエピソードでしたが アキコさんのマスターとリクオが仲良くなる話も興味深かったですね。 これでちょっと、アキコさんが報われてくれるといいなぁ。 そう簡単に変わることはないってことはわかるんだけど。


まとめ。 作画担当は今回で初連載・初単行本の大田優姫さん。 新人さんですがすでに絵柄は確立されてる感があり、かなり安定しています。 繊細で落ち着きある雰囲気は、男女ともに広くオススメできるものとなっているかなと。 コミカライズとしても非常に丁寧な内容で、追加エピソードもあり嬉しいです。 原作が好きな人は当然のことながら楽しめるでしょうし、原作を知らない方にもこの作品の魅力や面白さはあますことなく伝えられるのではないでしょうか。 激しいアクションなどは無い、ゆったりまったり、切なくなったり心温まったり。 古典的なテーマですが、今改めて考えてみると面白いものだなぁと。 未来はどう変わるのか。人とアンドロイドは、どう生きるべきなのか。 まだまだ終わらない「イヴの時間」。 原作ともども、続きが気になる完成度の高い漫画版です。 20101019224833.jpg アニメ版に関してですが 自分も劇場まで足を運び、アニメ版の感想記事をUPしましたのでよろしければ→ しかし漫画版ではまだ描かれていない部分に関しても書いてるので注意。 というかアニメ版も文句なしに面白い傑作なのでオススメですよー! 『イヴの時間』1巻 ・・・・・・・・・★★★★ 完成度の高いコミック化。幅広い層にオススメできるまったりSF作品。 今回思いついたことを書いていったら長くなってしまいました、読みづらくてすいません。