「正直どうでもいい?」

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突然死んじゃったらどうすればいい? 『まじめな時間』1巻

まじめな時間(1) (アフタヌーンKC)まじめな時間(1) (アフタヌーンKC)
(2012/05/23)
清家 雪子

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   生まれて初めて あんたの頭なんて撫でたくなったのに 清家雪子先生の初オリジナル連載「まじめな時間」の1巻。 アフタヌーンで連載された「秒速5センチメートル」の作画担当の方ですね。あれは素晴らしいコミカライズでした。素晴らしすぎてなんて書こうか悩んでるうちに更新のタイミングのがしてますけどね。うわぁ。 さて、秒速のコミカライズの中で豊かな人間描写を見せつけてくれた作家さんですが、恋愛をメインに扱ったそれとは違った方向性の新作となっています。 よりコミカルに。けれど秒速とは違った方向に、超シリアス。 しかしこれがまた面白いのです。「まじめな時間」1巻感想を。


主人公の植村一紗(うえむらかずさ)は今時の普通の女子高生。 性別を問わずバカみたいなことで盛り上がれる友達や、好きな人に囲まれて、なんでもないように幸せな日々を過ごしていました。ところが死んでしまう。ある日突然。あっさりぽっくり。 交通事故による即死。あっさりしすぎて死んだことにすら最初気づかなかったレベル。 そして死者の魂として残された彼女は、現実のだれにも気づかれないまま「自分が死んだあとの世界」を見つめていきます。あらすじとしてはこんな感じ。 ●突然『死』に直面した若者のリアル 本作を読んで1番に感じたことはこれ。様々な年齢のキャラ(幽霊)が登場しますが、基本は一紗とそのクラスメイトたちの動きを追うストーリーなので、メインキャラに若者は多いです。 死。育つばかりの少年少女にとっては縁遠く現実味のないものかも知れない。 けれど突然そんな『死』に直面してしまう彼らが、何を感じ、どう動いていくのか。 突然死んでしまった一紗。突然友人を失ってしまったクラスメイト。 そんな2方向から、若者が感じる死が描かれています。 まず面白いのがクラスメイトたちの立場。 多くのクラスメイトが一紗の通夜に参列して大号泣。その様子を見ながら「誰か気づいてよー」と声をかけてみる死んだ一紗。 すごく辛いシーンのはずなのですが、まだ状況がうまく把握できていないのか、死んだ一紗自身が雰囲気をシリアスすぎるものに染めてはいないというか。まだ生きてるようなつもりで友達に話しかけているものだから。 滑稽で笑えるような、けれどもう2度も楽しく会話なんてできない、致命的な距離感が示される場面で、すごく切ないのです。 けれど一紗を見送ったあとクラスメイトたちが何をするかと言ったら、カラオケである。 それを見て「私が死んだことがイベントになってるじゃん!」と怒ったりガッカリしてたりしている一紗も、なんだか面白くって切ない。 まぁ・・・死後の現実を見るって、すごく勇気がいることだと思うけれど。 彼らはふざけているわけではない。心の底から一紗を思って行動している。けれどハタからみればそれはとてもおかしな行動で、つまりどう悲しめばいいのかもうまく掴めていない。 そこは単行本の巻末描きおろし番外編でも描かれていますね。こちらも好きなエピソード。 友人の死をどう受け止めようか。戸惑ってばかりの高校生たちの姿がとても印象的。 死んだ一紗としては、どれだけ悲しんでもらえるかで、自分がどれだけ好かれていたかを知ろうという思いもあったんだろうなぁ。それって結構自然なものかも知れないけれど。 まじめ1 けれど漫画としては、悲しみにくれるクラスメイトを向けて感動する幽霊の一紗、という構図は、どういうふうに受け止めればいいのか悩む描写である。 軽いノリと強烈にヘヴィーな要素が共存してしまっているイビツさやアンバランスさ。 それがやっぱり面白い部分でもあるんだけれど。 一紗視線で進む物語だから、彼女の明るさに流されがちになってしまうけれど、ふと冷静に状況を見渡してみれば、こんなに辛いシチュエーションで笑えるわけない・・・。 ●幽霊たちの世界。 現実に干渉できなくなったかわりに一紗が新しく仲間入りした、幽霊たちの世界。 生きてる人には基本見えていないだけで、幽霊は本当にどこにでもいるんだそうだ。 ただ死んでから日が経っていなかったりで未練がある幽霊は、その状態で人間界を見ている。 そしていつしか現世へ見切りをつけて、満足した幽霊から成仏していくという事らしい。 それで面白いのは、死んでからどういう幽霊になっているのかということ。 強い憎しみを抱いたまま死んだ人は、現実に影響を及ぼすほどの負のエネルギーをまきちらす。一方で幽霊になったことをいいコトに女の子の着替えをのぞきまくる幽霊もいる。楽しそうでなによりです。まぁようするに死んだ後にも、いや後だからこそ自由が効いて、やりたいようにやれている。もちろん幽霊だから限界はたくさんあるだろうけれど、幽霊も十人十色。 けれどわりと楽しそうに描かれるから錯覚するけど、みんな死んでるんだよなぁ。 あまり描かれない部分だけれど、幽霊1人1人には死を味わった人生があった。 どんなドラマがあったのか見えないキャラも大勢いますが、望むべくして死んだ人なんてほとんどいなくて、どの幽霊もだいたい後悔を抱えている。 何より痛ましいのは、なんでもないようにいる子供たちの幽霊。これが痛ましい。 火事でもろとも死んだ姉妹(母親の放火っぽいのがつらい)、髪のない、小学校に通うことを夢見た男の子(きっと重い病気だったことをうかがわせる)・・・明るくそこに存在しているキャラクターたちの背景も、よく考えてみれば、なんというか、言葉がうまく紡げない、虚しさが。 死者はいずれ忘れられていくもので、自分が生きた証もどんどん失われる。 そして幽霊もはやくの成仏を目指す。死者なのだからそれは当然の流れか。 現世を眺めていても「死者の自分にはもうどうすることもできないんだ」という諦めがあって。 でもそんな流れを、今の一紗が受け入れられるとも思えない・・・。 だからきっとあがきまくるんだろうな彼女は。 きっと辛すぎて見ていられなくなるんだ。幽霊になった自分を認識してくれる人もおらず、ただ見ているだけの日々は、きっと本当につらい。 それで何にも感じなくなっていくことは、幽霊として自然なんだろうけれど。 でもやはり、諦めて諦めて寂しさを抱きながら消えていっては欲しくない。 一紗が笑顔で成仏していくような、展開が読んでみたいですねえ。


●一紗の家族 読んでいて1番辛かったシーンの話。それは一紗の家族の話。 彼らは肉親を失ったわけで、その喪失感たるや想像を絶するもの。 中でもお母さんがピクリとも表情を動かさず、呆然としているシーンなんか、つらすぎ。 まじめ3 このシーンは幽霊の一紗に影がないことで生者と死者の違いが強調されていたり、こんなに近くにいるのにお母さんは一紗に気づくことができないもどかしすぎる距離感があったり、すごく好きな場面。 そして弟を想ってやる一紗もたまりません。 「生まれて初めて あんたの頭なんか撫でたくなったのに」・・・もう触れられない。 このセリフに身悶えですよ・・・生前なんでやらなかったのか。なんで死んでから・・・。 やっぱり根本的にどうしようもない切なさを孕んだ作品ですよ・・・チクチクと心が痛む。 まじめ2 死んでからじゃ遅すぎるのに。でもだって高校生だったんだよ。人生まだまだだったんだよ。 ●まとめ つらーっと書いてきましたがまとめということで。今度の展開がとても気になる作品です。 突然死んでしまったことに、まだ全然整理がついていない一紗。 物語が進むにつれて幽霊がどういう存在なのかを理解していき、一紗は変化をしていきます。変わっていきますけど、まぁ基本的に明るい娘。 一紗は現実への未練たらたらですよ。両思いだと思っていたら・・・と、死んでから知ってしまうことばかりで、なんとか現実に干渉してやろうと頑張るわけですが、さてどうなるやらと。 霊感の強い少女・岡部蘭子を軸にさらに展開をしていく流れ。どこまで一紗はあがけるか。 死を扱う作品ですが適度に挿入されるコミカルな描写で、雰囲気は和らぎます。読んでいて疲れるようなものではない。最初の主人公と周囲との温度差は、一見すればややシュールで面白い。 けどそこに宿る傷の深さは、笑えるようなものなはずがない。切なく、胸に突き刺さる。 オビにもありましたが、確かに「奇妙な心地よさ」があります。死者が登場しまくる作品とは思えないほどに空気はなんだか明るい。けれどその奥にはかなりネガティブな感情が渦巻いている。 でもそういうグチャッとした感覚を、わりと軽やかに、けれど軽くなりすぎず仕上げてあるのがこの作品の凄さ、かなぁ。 こういう設定なら身体は生きたまま生き霊になって最終的にはもとにもどるってパターンがありかと思いますが、この作品は冒頭1ページ目から死なせて火葬もすませて、正真正銘幽霊なのである。「死んでからわかったってどうにもなんないじゃんね」というセリフが重いこと重いこと。蘇生なんてムリムリ。 じゃあどうすればいいんだろう?どうすればこのモヤモヤを晴らせるんだろう? 一紗はどんな決着を、自分につけるのか。納得することはできるのか。 で、タイトル。「まじめ」とはどういう意味がこめられた言葉なのだろうか。 生と死について思い悩む・・・だけじゃない含みがあるような気がしてて、何らかの答えが明かされる瞬間が今から楽しみですね。ということで第1巻でした。長い連載にはならないと予想。 上手くまとまれば、すごくいい作品になってくれそうです。今の段階でもかなり面白いですけどね、どういう結末を迎えるのかがとても大切な作品です。 1巻表紙の一紗は暗い顔。どうか最後は、笑顔で。難しいだろうけれど。 『まじめな時間』1巻 ・・・・・・・・・★★★★ 『死』を扱った作品。深いテーマ性と、重くなりすぎない絶妙の雰囲気作りが魅力。