「夜と海」完結となる第3巻が出ています。
遅くなりましたが、非常にいい作品でしたので感想でもつらつらと。
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— 郷本 (@g0umot0) 2021年4月14日
久しぶりに「素晴らしい漫画と遭遇できた」と思えた。
漫画感想をおもに前世ブログでやっていたころから漫画の読書量は半分くらいに低下してしまっている。漫画をかってもすぐに読むのではなくてしばらく置いてから読むようなスタイルになった(電子書籍にかなり切り替えてセール待ちしていることもある)。
そんな中でも、新作で、紙の本で、全3巻とコンパクトにまとまった佳作を読んだことで、ちょっと久しぶりに嬉しくなったんだよな。そりゃきっと俺の知らない、けれど俺にドストライクな作品はまだまだいくらでもあるんだろうが。
あまりに関係のない書き出しになってしまったが、とにかくこの漫画が素晴らしく、そしてたまらなく美しい作品であることをまず伝えていきたい。
まずこの作品は本当に絵が素晴らしくて。
たっぷりと情感が含まれててもう滴りそうなくらいタッチのしずる感が美しさよ。
その質感が物語そのものとリンクしていて、とくに心象風景として海洋生物がおおく登場するのだが、すべてがきちんと登場人物とつながっている。言葉ではなく感覚や空気感として、表現がリリカルにこちらへ向かってくる。すごく立体感のある作品になっていると思う。
距離感になやむとき。すこし寂しいとき。自分の道をみつけられないとき。日々を惜しくおもうとき。
それら感情は、言葉にすれば「そういう感情」と断定されてしまうけれど、この作品は基本的にそこを明らかにすることはない。あえて暴きたてることはしない。
言葉とことばの行間や、視線や表情。そして心象風景を反映した海中や、美しくて変わらしくてときおりグロテスクな海洋生物たち。
主人公は2人の女子高生。
なにか不思議なことが起こることもない、静かな箱庭的物語だ。
けれどこの作品は強い引力を持っている。ページの隅々にまで張り巡らされた巧妙な演出、情念のようなもやの漂う空間、そして読書体験と物語がぴったりと重なる不思議な感覚によって、強烈に惹かれてしまうのだ。
「なにを考えているのだろう」「なにを欲しがっているんだろう」「私をどうおもっているんだろう」
そんな疑問にすべて答えがでるわけがなくて、でも知りたいから相手をよく観察するし、言葉をかみしめるし、あらゆる機微を読み取ろうと苦心する。そんな作中のキャラクターの姿勢と、この作品に挑むときの我々読者の感覚は自然とシンクロする。
思考がしずかに、物語のなかへ、そして2人のまとう空気感へ浸透していく感覚。埋没できるし、したくなる。そういううれしい世界観が広がっている気がする。(2人の間に挟まりたいとかではなく)
最終巻となる第3巻では2巻から引き続きサブキャラクターについても深堀りされていく。先生のエピソードなんかはとくに、若者がゆく未来と、元若者としての視点が交差するビターな風景が感じられた。相乗的に、主人公たちのこの限られた時間がすこしずつ消費されていきやがて無くしてしまうことを意識させられる。
しかしながら憂いとざわめきに苛まれながらも、結局のところこの作品の独特のテンポ感は憂鬱に染まりきらず、止まらず、ゆらめくように描かれていく。
ある種の空元気のような、ドライな感覚も多分に含まれているように感じる。
ようやく心を開けた、ように見えてまた距離をとられて。
そんなふうにつかず離れずの高校最後の1年。夏がきて、冬がきて、そして春が来るころにも・・・・・・彼女たちは彼女たちのまま。そこにはもどかしさも、恋しさも寂しさも、「そういう関係だったでしょ」というある種の諦観と。
作中でも、本当にあっけないほどに時が流れていく。もっと読みたい、もっと浸っていたいというこちらの感傷もあっけなく霧散していく。
そのうえで、実験的なコマ割りや演出がつねに張り巡らされている。そういうちょっとアバンギャルドな風味もかっこいいんだよな。
このエピソードは「見上げる」 という動作がひとつのキーとなっているのだが、ところどころに挿入されるカット(画像でいう一番したのコマ)などで物理的に現実世界を見上げる構図になっている。心象風景と現実がつながっている表現としてとてもおもしろくて、しかも見開きとして非常に美しく組み上げられている。
このページだけではなく、もうどのエピソードにも「おっ!」となるような仕掛けや演出が施されている。そういうのをひとつひとつ眺めているだけで嬉しくなるし、その環状が見事に物語と地続きとなっていることもたまらなく嬉しいのだ。
将来を決めることなんて高校生には当然難しくて、でもそれを決める理由のひとつが「君」とかであった場合。
なんかもうそれって、永遠の友情が存在するのかとかどうとかよりよっぽど深い楔が人生に打ち込まれているようでメチャクチャ眩しい。
踏み込まなくても、大事な言葉を交わさなくても、約束なんてしなくても、それほどまでの深い影響を他者に与えているということの重みと尊さよ。
徹頭徹尾、言葉の足らないふたりの漫画だ。だからこそ愛おしい。
足らない言葉をかけらがそこらじゅうに漂っていて、それがあまりにも切なくて可笑しくてが読んでて顔面がグチャァとなる。
「なにかを伝えたい」という意思の断片だけがそこにあり、きっとそれはお互いにそれとなく知っているんだけど・・・そんな遠さが、そんな隔たりが、言葉を交わすことのない美しい時間をより結晶のようにここに留めている。
私たちは多分
そこに全部
置いてきたんだと
なんとなくそう思う
最終話で語られている言葉。すべてが過去となり、その結晶を眺め続ける。
余談だが
1巻2巻3巻と表紙だけ見てみると、2人の関係性の変化が表れているし、うしろにある満月モチーフのような丸模様がどんどん青⇒橙へと変色していっている。
時間によって表情をかえる海を表しているのだろうか。まぁなによりこの色合いというかデザインとしてあまりにも美しくて、そのために俺は本作を紙で購入している所はある。
作者の郷本さんはかなりの実力派だと思う。この作品と同時に描かれていた猫漫画がまだしっかりと読めてはいないが、こんなに見せつけられたら他の作品も追いかけざるを得ないよな。新作が楽しみです。