BLジャンルの人気作家さんによる一般向け漫画。紀伊カンナ先生ならではの柔らかで繊細で、甘酸っぱい香りがページから立ち上ってくるような世界観がたまらない。唯一無二の雰囲気が出ているように感じます。
というかR-18でもないわけでBLをあたかも「一般向けではない」と言っているような書き方はいけないですね。カンナ先生の作品のBL作品はかなり読みやすいですし抵抗なければ男性にでもおすすめしたい所。
本作「魔法が使えなくても」は掲載誌こそフィールヤングですが、あの雑誌のメインカラーとはちょっと離れている気がする。 でも根底には仕事観にまつわるドラマがあり、そこから広がる人間模様が魅力的に描かれていく。仕事と青春は両立するだろうかと、20代的にはぐっとくるテーマが描かれています。 でもそういうのって人にとって永遠のテーマだと思うんですよね。眩しくて思わず息を潜めてしまうような、爽やかで前向きになれる佳作です。
各話に主人公がいて、それが群像劇的にクロスオーバーしていく構成。とはいえメインとなってくるのは2人かな。冴えないアニメーターの青年と、彼女のヒモしてるバンドマン・・・と思ったら?という途中で鮮やかなキャラ転換も見どころ。 BLというジャンルでセクシャルマイノリティを描き続けてきている作家さんならではの、別角度の挑戦も感じられます。でも”そう”と決めつけるのも本作のメッセージに反するので、そこらへんは読んで感じてほしい。 世の中、黒か白かではなくグラデーションの美しいグレーが広がっているのです。
キャラクタやセリフが思わぬ所でつながっていたり、影響を及ぼし合ったりといった群像劇ならではの仕掛けが、本作はあざやかに決まる。同時に仕事について若者が考えるというテーマに沿って、どこぞの缶コーヒーのコピーでもあった。『世界はだれかの仕事でできている』。そして、だれかの夢はだれかの仕事が作ってくれるのだ。
人が人に突き動かされる瞬間。心奪われる瞬間。だれかの仕事に、救われる瞬間。
そんなアツい一瞬にハッとさせられるんですよ。
思わぬ衝撃。それが人生を変える。あたらしい夢になる。一瞬にして、憧れを手にする。与えた側にとっては何気ないことでも、当たり前の日常の仕事かもしれないけれど、こんな素晴らしいことを当たり前にやってのけるあなたに感動をもらうのだ。どうしようもなく、燃えるように、体も心も突き動かされるのだ。
一方で、自分になにができるかわからない、なにをすればいいのかわからないと、完全にモラトリアムの迷子になってるキャラクタもいる。自分にとっての『本当』ってなんだろうかとくじけているヤツがいる。圧倒的にそういう人が多いはずなんですよこの世の中。そんなもん当たり前です。無心になにかを頑張れるやつじゃない。でも、そういうカスみたいに脆弱なおれにも響く言葉をくれるのですよこの作品は。
あつっくるしく「人生楽しもうぜ!」とか「本当に自分のやりたいことを見つめ直せ」なんて言われても全然ピンとこないしなんなら言ってきたやつの信頼度下がりますからね。だからこの作品の低体温でナチュラルな言葉がしみるのだ。すべてをハッキリ鮮明に見る必要はないのだ。ただ、ひとまず目の前の忙しくも退屈な日々で、ちょっとだけ心を柔軟に持つこと。それだけできっといい。自然で優しい視界を与えてくれる。魔法が使えなくてもいい。きっと誰かの姿が、自分にとっての魔法になって力をくれる日がきっとくる。でも来ないかも知れない。それでもいいよ。なるようになるさ。
ネタバレするがだれも大成功なんて手にしない。それもそうだよ、だってまだまだ若造なのだから。みんな。きみもわたしも。
いいんだ。現実がうまく行かなくても。君が振り向いてくれなくても。夢が叶わなくても。魔法が使えなくても。途方もない未来が目の前にある、ぼくらはまだ生きていける。
加えて言うと学生時代にうつくしい思い出を作ることができた人間は人生の完全勝利者。
泣けるくらい美しいシーンだな。人生に大切なことがすべて詰まってる。
さらっと触れてはいるけれど、セクシャルマイノリティという題材を重苦しくピックアップもしてこない。というか当人たちはなんら特別な意識はなくただ寄り添っているだけで、むしろ周囲がギョッとしているような節もある。重苦しくはなく、けれど軽い気持ちでいっしょにいるわけじゃない。きっと彼女たちだけのいくつものドラマと決心があったはずだ。 その関係性に無理解なひとも描かれていて(というか主人公だが)、いろんな仕事があっていろんな人が頑張っているのだいう世界を補強している。みんな違う場所で生きていて、干渉しあいながらも日々は続いていく。 いつかの未来で、また会えるだろうか。憧れのあの背中に。あのころ憧れた自分に。 まぁそれも、いつどこで人生が変わるかもわからんもので。
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