「正直どうでもいい?」

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エデンの後もゆるゆる、世界最初の夫婦物語 『アダムとイブの楽園追放されたけど…』1巻

4065112877 アダムとイブの楽園追放されたけど…(1) (モーニング KC) 宮崎 夏次系 講談社 2018-04-23by G-Tools

ゆるっ!

かつてないゆるさ!これが夏次系の最先端!

作家さんのファンなので過去作すべて盤石の信頼感のもと事前情報なしで即買いしてきましたが、今回は書店でかるくひるんだ。おいおい、これまでと路線ちがいすぎでしょ。なんじゃこのクソダサなタイトルロゴはよ。かわいいかよ。

しかも今回はなんと「1巻」だし、連載ものだ。過去作とは一線を画するコメディタッチで入門編としても良い。しかしあっけらかんとした中に孤独の闇が、やさしい厭世が1ミリグラムくらいずつ盛り込まれている。その爽やかな毒に心臓がよろこんでしまうのがわかる。

 

本作は聖書の物語をなぞりつつ、破天荒なキャラクターたちが育児に奮闘するハートフルな作品。まさか夏次系作品でハートフルなんて単語を使うことになるとはな・・・ りんごを食べ神様に怒りに触れたアダムとイブ。そこまではとても有名なのですが、本作はその後、楽園から追い出された2人の生き様をゆる~~~~く描いていく。

アダムは冴えない感じの天然おっとりなメガネ男子。 イブは金髪グラサン、西海岸ルックスのアメリカンガールである。 禁断の果実を食べてしまいふたりを楽園追放する神様は、ただの孫(?)にデレデレおじいちゃんだ。 ほかにも聖書由来のいろんなゲストキャラもあって、みんなで赤ちゃん・カインを育て見守る育児奮闘記。個人的にはドMみたいなヘビが好き。 キャラクター描写のコミカルさはこれまで通りなんだけれど、これまでそのコミカルさは物語の切なさ増長装置的に用いられていたのに対して、本作は真っ向からコミカルなキャラクターがコミカルに騒ぎ出す。このポジティブな感じが新鮮だ。

特にアダムのおとぼけな感じと、それでも一生懸命な様子が微笑ましい。 赤ちゃんを育てるためになんとか母乳が出せないかと、必死に力みまくるのとかね。

楽園追放11

そもそも新しい命を育てるための物語のためか、作品としてすごくエネルギッシュだ。 これまで発表された作品の多くが世の中から爪弾きにされた孤独な人々が主人公で、大切におもうほどに手を取り合えない、傷つけ合うようにすれ違う人間模様をたくさん描いてきた作家さん。儚げなのに鋭くて、読んでると心の中でいろんな感情が溢れ出て、グチャグチャにされるんだけど読み終えた頃には幾何学的に気持ちが整理されてるような、そういう意味不明なセンスの漫画づくりに惚れ込んでいた。どうしても結ばれない心と心の距離が。世界から必要とされない己の無力さが。亡霊のように過去に縛られ続ける、未練と生き続ける人々が、好きだったのだ・・・ところが本作、

おまえ、そんなこと育児しながらイチイチ悩んでられっかよ。

と言わんばかりに、これまでウジウジと悩んでいた領域を抜け出してみんな頑張る。みんなで頑張るのだ。すごい。イヴさんのキャラが素敵すぎる。突然母親役になった彼女はとまどう。でも暴れん坊な彼女なりに赤ちゃんを大切にして、アダムと家族として生活に向き合っていく。

その中でイブも自問自答するのです。 本当にわたしはお母さんとしてやっていけるのかと。そんな覚悟もまだ出来ていない私が。そんなときにヘビが囁く。お前はあの赤ちゃんに、必要ないじゃないか。母性に目覚めたアダムが一生懸命に面倒を見ている。お前がなにをしてやれるというんだ?

それを聞いたイブさん

楽園追放12

気持ちいいブチギレっぷりだ。そうだ・・・!それでいい!!繊細な葛藤をいだきながらも、ムシャクシャしたら色々なぎ倒して突き進むイブさんの生き様が好きすぎる。 自分に育児経験もなんもないのですが、周囲の大人たちがこんな小さな生き物にみんな振り回されて、でもそれも幸せそうで。こんなに幸福な漫画を描いてくれるようになったんだな。

 


 

そんな連載作も素晴らしいですが、いやいや。

巻末に1話だけ収められている短編「オカリちゃんちのお兄ちゃん」もスッゴいぞ。

仲良しなお兄ちゃんと妹さん。日常のささいな謎を解き明かす、推理ごっこが彼らの楽しみだ。けれどお兄ちゃんは、妹さんとしかうまくお話ができない。ほかの家族とも。学校のひととも。

楽園追放13

学校にいけなくなったお兄ちゃん。はっきりと家の異変に気づきながらも、何もすることができない妹のオカリちゃん。

こちらは従来どおりの夏次系エッセンスが詰まってますね。むき出しのセンチメンタルが爆発している。破壊力バツグンだ。 けれどこちらも読後感はとても爽やかなんだ。きちんとした問題解決はしていないけれど、傷ついた心にそっと優しい光が届くような、希望のある短編。お兄ちゃんが目をうるうるさせるシーンは、こっちまでうるうるしてくる。ほんと、間のとり方が素晴らしい。静寂のなかでそっと気持ちが動く瞬間の、耳のさきが熱くなるような、どうしようもない興奮がある。

でも「よかったね」とだけで終われるお話だったのだろうか。この物語の語り部であるオカリちゃんはお兄ちゃんと一緒に遊ぶのが好きで、お兄ちゃんの唯一の友達だ。でもオカリちゃんはお兄ちゃんを暗闇から救ってあげることは出来なかった。はっきりと受け入れることでお兄ちゃんを有る種救ったのは顔の見えないお母さんだ。オカリちゃんは傍観者であり続けた。そこに、彼女の痛みがありはしないだろうか?と考えてしまう。

傷ついてふさぎ込んだお兄ちゃん。それを目の当たりにしながらも、何が起こっているのかわからないままのオカリちゃん。しかし途方もない悲しみや疎外感を与えられたとき、ただ仲良く一緒に遊んでくれる存在にどれだけ心は救われるのだろうか。オカリちゃんが知る良しもない所でお兄ちゃんはオカリちゃんに助けられてるはずだ。そのことも、オカリちゃんが気づいてくれたならいい。まあ、不安にかられた自分の勝手な妄想に過ぎないんですけどね。

「お母さんのこと嫌いになったの?」と不安げに尋ねるオカリちゃん。今ある日常がこれ以上かなしい風に変わっていかないよう、彼女なりに願いを込めた言葉。怯えながらお兄ちゃんに寄り添おうとするオカリちゃんは、無力かもしれないけれど、でもお兄ちゃんを癒やていたはずなのだ。

 

これを読んでしまうと、やっぱり夏次系先生は短編の名手だなぁと改めて思う。切れ味がハンパないもの。でもだからこそ長編はチャレンジだよなぁ。まさに新境地という具合で楽しく読ませてもらいました。