「正直どうでもいい?」

漫画 音楽 娯楽

この弾丸で誰を殺そう?『世界は寒い』1巻

 

B07B8PSS8W 世界は寒い(1) (FEEL COMICS swing) 高野雀 祥伝社 2018-03-08by G-Tools

高野雀先生の最新作は繊細な心情を紡ぎあげるポエム漫画。つまりはこれまで通り!しかし新基軸なのは「もし誰かを殺せるような力を手にしてしまったら?」というはっきりとしたテーマと軸があることで、過去作とは違った魅力のストーリーが展開されていきます。

程度に差こそあれ、みんな一様にストレスある日常を送っている女子高生たち。

不満はあってもオオゴトにしようなんて気はない。女子高生は空気を読まなくっちゃ生きていけない。友達同士でグチりあって、悶々としながらも学校いってバイトしてスマホで時間を潰し、そして日々は消費されていく。 そんな抑え込まれたフラストレーションが。日々の憂鬱が。ある日変貌する。

バイト先に置き去りにされた謎の紙袋。その中には弾丸の込められた本物の拳銃。 主人公である6人の少女たちは、本当に何気なく、凶悪な武器を手に入れてしまう。

ムカつくあいつを。 殺してやりらい憎いアイツを。 見返してやりたい、彼奴を。

もしかしたらあっさりとこの世から消してしまえる。 そんなとびきりの魔法を手に入れてしまったのだ。

勇気さえあれば。 もしかしたらこの先の人生すべてをダメにしてしまう、破滅の覚悟があれば。

個々のキャラクターが置かれている環境、そこに渦巻くストレス、価値観、そして選択。6人いればそれぞれの目線からまったく違った物語が見えてくる。 オムニバス形式でストーリーは進み、少女と女性のはざまで揺れる年代だからこその青臭く生々しい本音が吐き出されていく。この部分はこれまでの著者さんの作品と共通ですが、拳銃はどこからやってきたのかいうメインストーリーも進行して、サスペンス風味もあったり。 このバランスがいいですよね。作者の個性が活きていて、しかもキャッチー。

『殺人願望』と呼べるほどはっきりしてなくたって、漠然とした「死ね」をいくつも抱えてる少女たちの鬱屈エブリデイ。俺はこういうかわいい退廃が大好きなんです。


前連載作「13月のゆうれい」はフィーヤンらしいといえばらしい、お仕事×恋愛のヒューマンドラマに、ジェンダー的要素も含んだ内容でした。これも読みごたえのあるいい中編作品でしたが 今作はもう高野雀節が全開になってるなって感じ。性癖ダダ漏れ。激エモポエムも炸裂しまくり脳みそスパーキン待ったなし。

幸福か/不幸かの線引みたいなのも含めて、彼女たち女子高生の”生態”を垣間見れるというのが、ゲスなのかもしれないけれど楽しみのポイント。なかなか自分の中にはない感覚と言葉で彩られているポエム世界、そしてそれが不快ではなく、未知に触れる楽しさみたいなものを純粋に感じられるのだ。

同じクラスにいてなんなら1メートル隣に座っていたってまったく話もできなかったあの遠い存在の、内側をすこし知ることができて、当時の自分の思い出をすこしだけ慰めることができるのだ。そういう気持ち悪い読み方をする読者としてはあんまりね、フィーヤン読者様のお目に触れない所でコソコソと楽しまないといけないとは思います。 まるで別の惑星のことを教えてもらってるような感じでとても楽しいんですよ。 そしてなんかウジウジ悩んでばっかだなって所を見て、なんか、安心する。彼女たちは宇宙人なんかじゃなく。同じ地球人で、同じ年齢の同じ種族で、同じようなことを考えて悶々としていたのだな。

彼女たちが直面する現実ってのは、どこにでも有り触れているようで、でも1つとして同じシチュエーションも感情もありはしない。いつだって「なんで私が」「私だけが」っていう自分本位のめちゃくちゃにエゴな感情に支配されて、それこそが思春期なのだろう。

そういう自己憐憫のような感情も間違いなく大切でそしてリアルで、その渦中にある彼女たちの精神世界はもはや苛烈の一言。いつだって爆発寸前・決壊ギリギリで、「いますぐムカつくやつ殺せちゃうよ」って神様がチャンスをくれたなら、なんかもうワクワクしちゃって日常だってキラッキラ輝いたりするんだ。

銃弾をお守りのように持ち歩く少女がいて、彼女のエピソードがとてもいい。その娘は無神経な毒親にストレスを抱いているけれど、かといってその親に殺意を向けるような気はなくて。

世界は寒い1

そりゃ、そういう子もいるはずなんだよな。

作中で言われていることだけれど、わかりやすいドラマ性のある不幸や、明確に殺したい相手がいる場合のほうがむしろ気は楽なのかもしれない。この障害さえ取り除けばわたしは開放されるのだと、そう信じることができれば。たった1発の弾丸で壊せる世界だと思えば、慰みにもなるだろう。

でもそんなシンプルに行かない場合もきっと多いのだ。正体不明の閉塞感だったり、それこそ自分自信のなかにすべての原因がある場合、彼女たちにとってその手に握られた銃弾は、いったいどんな意味を持つのだろう。 もっと自信を持つことが出来たなら…もっと自分だけで自分を救ってあげられたなら… 空虚に支配された1人の世界は、凍えるほどに寒いに違いない。自己嫌悪の夜に終わりは無い。 上の画像のように、各話の扉絵では主人公がいろんなポーズで銃を構えているんだけど、そのキャラクターの特徴がしっかりと現れているのも上手いですね。どこを向けているのか。その表情は。ひとりひとりのスタンスが印象的に描かれていく。なんなら、1人はむしろ銃を向けられてたりする。注がれている敵意や悪意の象徴か。

 

 

作中にちりばめられた言葉は刃物のようにこちらを突き刺す。言葉を丁寧に紡ごうという意思をめちゃくちゃはっきりと感じられて、読んでいてなんとなく背筋が伸びる。

そしてこんなに負の感情に満ちているのに、読んでいてどんよりと暗くならないのもすごい話だ。それは彼女たち同様に読者もハイになるからなんだろう。非日常に飛び出してしまった彼女たちの選択に、ワクワクして仕方ないのだから。

誰を殺そうか? というより、誰かを殺せるほど、彼女たちは壊れてしまえるのか? 誰を殺そうかなって想像だけで元気が湧いてきていつもより毎日が楽しくなるのなら、そこでとどめておくのが一番平和なのだけれど。果たして誰が一番、壊れちゃってるのか。 ムカつく誰かに銃弾を!そんな妄想はきっと今の悲しい自分を救ってくれる。同時に、巣食われることもあるだろうけれど。

 

 

 

よしッ!俺もその気になったらその場で眼前のムカつく顧客をぶんなぐって黙らせられるように筋トレを始めたい気持ちになってきたぞ!力こそパワー!