「正直どうでもいい?」

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正しい愛し方を知らない『あなたの世界で終わりたい』

あなたの世界で終わりたいあなたの世界で終わりたい
あおの なち

一迅社 2015-09-25
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   誰だって 強がって 他愛もない嘘をつくから あおのなち先生の作品集「あなたの世界で終わりたい」感想。 前回の「あの子に優しい世界がいい」と連続刊行されたうちの一冊目。 表紙の雰囲気からもわかりますがはっきりと差別化されていて、2冊一緒に手元においておきたいデザインとなっています。並べて本棚に置くと綺麗。 →恋のような魔法があるなら『あの子に優しい世界がいい』 さて、こちらの短編集はどちらかというとダークなメルヘン要素が強いかなと感じる。 モチーフとなっているのは例えば天使だとか吸血鬼だとか。 どちらにせよ人外×少女の組み合わせとなっており、そういったジャンルが好みの方なら特にオススメしたい。 全部で4編を収録しています。それでは個別に。


●「Goodbye my god」 転入してきたイケメンは、そのあと不登校になった。 プリントを届けに彼の家に行ったら彼には羽根が生えていた。 転校生は天使だったのだ。 自分を赦せるか、がテーマなのだろうか。正直もっと先を読みたい、もっと言葉が欲しくなった短編ではある。けれどあの静寂のなかで歩み出す一瞬で幕を下ろすこの短編は、この本の中で1番いとおしい物語。 できそこないの自分。周囲と違うことに耐えられず逃げ出した弱い自分。 人間の世界に馴染めずに登校拒否をする自分。 天使である園田くんは、クラスメイトのの田村さんと会話する中で、自分のナイーブな部分をどんどんとさらけ出していく。 話し相手が現れた歓びもあったろうけれど、それ以上に、これまで彼はどれだけ寂しい孤独の中にいたのか、彼の懐きぶりの裏側を想像するだに胸が締め付けられる。 あなたの世界12 捨てられたことを嘆いた天使は、自らの意思でその翼を捨てる。 天使でも人間でもどちらでもない状況から、一歩踏み出したことで 園田くんの中で、どれだけ田村さんのぬくもりが大切であったかがわかる。 しかしこの小さな一歩から少年と少女はどう変わっていくんだろう。 田村さんはクラスで浮き気味。家庭も円満とは到底言えず。 きっと様々な変化がこれからあるだろうけれど、それをきちんと読んでみたかったなぁ。 続編があったら学園ラブコメ路線でオナシャス!!(無理 美しい、印象的な結末でしたが、やはりもっと様々なものが解消された世界まで描き切って欲しかったようにも思う。贅沢かな・・・ 神を捨てて少女の手をとるというのはタイトル回収がうまくされてて好き。 ●「僕らの破片」 兄妹の描いたショート。正しい愛とはなんだろう、というテーマを描く。 主人公のお兄ちゃんは、昔から男の子を好きになる男の子だった。 幼少の頃より「自分は普通ではない」ということを知り、いまなおその現実に苦しめられながら、好きな人にたやすく裏切られながら、いま妹の恋愛相談を受けている。 ラストは思わずニヤリとさせられる仕掛け。 妹のきらめいた瞳は、果たしていつまで光っていられるだろう。 彼女もまた、イバラの恋を征く。 兄貴の呪うような祈るような冷たい視線がぐいぐいと読者を引き込んでくる。 あなたのせかい13 ●「Mr.wonderland」 「ぼくたち、『ミスター・なんちゃら』みたいなタイトルに弱い芸人でーす!」 というくだらないネタはさておき、この短編はほかとちょっと趣が違う。 まさにワンダーランドに迷い込む夢の物語で、ファンシーでありつつかなりオドロオドロしい、黒っぽい血で塗り潰された悪夢のような感触。なのに夢の最後は、甘酸っぱくてセンチメンタル。 ワンダーランドに無邪気にあこがれる少女期からの卒業、そんなストーリーかな。 お別れを告げるラストシーンはずいぶんと大人びたキス。 ●「貴女の世界で終わりたい」 表題作。「あなた」と「貴女」の変更点は色々意味深なポイント。 コミックスのタイトルにするにあたって、より幅広い意味が与えられた。 80ページ程の中編であり、かなりエネルギーがつまった作品に感じられます。 死にたい願う少女。血を飲めず衰弱する吸血鬼。 少女は、どうせ死ぬならあなたに殺されたいと願う。 願いながらも、閉じた世界でふたりは寄り添って、何事もない会話を交わす。 以下、ネタバレになってしまうので注意で。 あなたの世界11 ・・・やはりこのラストの解釈はいろいろ出来そうなので、自分のものを書いておく。 最後で主人公の名は「田村芙由」であったことが明かされるわけですが 田村という姓はそもそも吸血鬼が名乗っていたものだったはず。 この作品における吸血鬼とは実在するモンスターというより、心に巣食う鬼。つまり最初から吸血鬼なんてのはこの世界に存在はしていなかった。彼がいたのは芙由の心の中。 「貴女の世界」。 彼女が急に孤独感に苛まれて不登校になったのは、弱った心に吸血鬼が取り憑いたから。 そりゃ150年前から生きてる吸血鬼が「田村」を名乗っているの、いま思えば違和感ありまくりである。 芙由が勝手に精神の深層世界でもうひとりの自分と語らっていたということも考えられる。 「貴女のことがきっと好きだった」と吸血鬼に言われたのも、彼女の妄想だったのだろうか。 芙由も吸血鬼も、母親という存在をとても重々しく捉えていることも共通する。 吸血鬼とは、心のもうひとりの芙由だったということだろうか。 しかし吸血鬼のセリフひとつひとつを見ても、死にたがる芙由に現実で戦うことを求めたりかなりアクティブ。 その上で母親と同じ悲劇を辿ろうという彼固有のバックボーンもあったり 芙由の中だけに存在する幻影などではなく、ちゃんとした個として描かれている。 彼が「成り損ない」であったことが、芙由が生き延びた理由として述べられている。 彼が出来損ないなのは血が飲めないこともあるけれど、まずターゲットを死に至らしめることができない心の優しさもあり、さらに言えば取り憑いた少女に恋をしてしまうような詰めの甘さもあったりする。 結局のところ、ひどく脆く儚い、存在だった。 人の心の中にしか存在しないとは言っても、きっとこんな弱い吸血鬼がいたのだろうと そう信じさせてくれるような説得力のあるラストとなっている。 「ヒトとして死ぬ」ことを選ぶ。誰かのために命を投げ出せるような恋ができる。 印象的なモノローグのタイミングだとかコマ割りの華麗さだとか かなり雰囲気で魅せてくるタイプの作品。スタイリッシュ。 そういえばこの作品も「Goodbye my god」も、姓が田村なキャラが出てくるのはなにか関連があるのだろうか。


そんな作品集。 「あなたの世界で終わりたい」「あの子に優しい世界がいい」2冊並べて置くが吉。 主にページ数の多い「Goodbye my god」「貴女の世界で終わりたい」のイメージから来ているけれど、コンプレックス・・・というか疲れて弱り果ててしまった心を、いかにして開放するか、そういった場面が印象的な一冊。 開放は傷を抱えながら生きていくことでもあるし、あるいは死に場所を見つけることでもある。 なんだかんだで出てくるキャラ、ギリギリで生きることに執着してくれるからそう暗いものでもない。 あおのなち先生の同人誌こんど出たらきっと手に入れる。 『あなたの世界で終わりたい』 ・・・・・・・・・★★★☆ 美麗な作画、澄んだ氷のような世界観、スタイリッシュなキメシーン。ツボ。 「あの子に優しい世界がいい」と比べると、なんとなくこちらの方が暗い・・・ような。