「正直どうでもいい?」

漫画 音楽 娯楽

覚えていますか、はじめてエロ本を読んだときのこと。『PiNKS』

PiNKS (リュウコミックス)PiNKS (リュウコミックス)
(2013/10/12)
倉金篤史

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   僕はけものなのでしょうか? 小学生とえっち本。そんな漫画です。 エロ本の漫画なので最初にへんな話を始めてしまうと、自分がはじめてエロ本を見つけてしまったのは小学生のとき、通学路途中のさびれた公園のすみでした。やっぱり通学路というのはお決まりなのかな。家族のを見つけたパターンもあるものなのかもしれません。 通学路は田んぼと用水路が延々続いているその横を歩くもので、道中たまに薄暗い林も残されており、その中のいつもなんか湿った場所に公園はありました。 エロ本もベチャっとしてたなぁ。破れないよう慎重に、興味本位でどぎつい表紙をめくってみたら、中身も当時の自分にとってはそりゃどぎつかった。 あの不気味なくらいの興奮と、それにまさる嫌悪感にひたすらドキドキしたのを覚えています。 以降ふと見つけるたびに、なんとか読むことは出来ないものかと、ほかの子に見つからないように落ちてるエロ本のもとへ行くのに苦心しました。どぎつい写真とともに書かれたテキストをなぜか暗記したりもしました。最高にお気に入りだったものは今でもなんとなく思い出せます。コリコリに固くなった乳首がイカす!!というものでした。イカすんですね。 家のPCは家族のものでエロサイトを見る勇気はなく、性知識なんてほとんどなかった当時、道端におちてるエロ本はそれはそれは魅惑的なものでした。 持てる知識を上回る過激な内容にクラクラしたな…! いけないものを見てる背徳感でつらくなったりしたな…! おもったよりグロそうで吐き気がしたな…! 倉金篤史さんの「PiNKS」はあの頃のしめっぽい通学路の空気と、濡れたエロ本のページを緊張しながらめくるドキドキを思い出す、自分にとって至高のノスタルジック小学生漫画なのです。そしてこの感覚が好きな人はけっこう居ると思うんだ! 性のめばえ、そこに渦巻く愛と葛藤の物語。 人間の体につまった秘密を、少しずつ知っていく男の子と女の子。 もどかしい性愛を扱う作品はもともと大好物なのですが、この作品はなにもかもストライクでした…これはいい…とても良い…!! 表紙もちょっと珍しいデザイン(あらすじの配置場所とか)で格好いいです。


小学5年生。純粋無垢な無知じゃない。なにがエッチか、なにが恥ずかしいのかをなんとなく知っている。でも詳しくはない。 スケベな夢をみてしまって落ち着かない主人公・弥彦はその日、クラスでもちょっと浮いてる不思議な女の子・赤城と不思議な関係を結んでしまう。 そして始まる、ふたりの「エロ本探し」。 ぼくらは見たいのだ。「黄金より淫靡で、国家機密より密かで、七不思議より謎めいている」、そんな見たことないものを見たいのだ。 エロ本をめぐる冒険! なんてバカらしい、けれど少年心をうずかせるものだろうか。それも気難しいけど可愛い女の子と一緒に。 エロと冒険と女の子!ワクワクが二乗にも三乗にもいくらにでもなってしまうよ! とは言え楽しいだけのものではありません。赤城さんはけっこう凶暴で、理不尽なことを行ってきたり暴力を振るってきたり。 それだけでなく「エッチなもの」への感じ方もまるで違うふたり。 しだいにグラグラと不安定に、そして落下するようにバランスを失っていく…。 テーマ、キャラクターも素晴らしいのですが、後半のうねりの強い展開もいい。あふれだしそうな熱量と焦燥感を持ったままクライマックスに雪崩れ込む! 子供たち特有の“前のめり感”が気持よく作用してくれていると感じます。


この作品で一番に突き刺さったのが、ヒロインの赤城さん。 まず自分は開始早々の登場シーンで胸打たれました。このイタズラな視線が…たまらない!いかにもなにか始まりそうな予感がする眼! pinks1 けれども彼女は潔癖です。 セックスを尊いものであると、美しいものだと言って授業中にさえ性交の絵を描いてしまう女の子です。本心から信じきっているのですよ。 赤城がセックスを美しいものだと信じたのは、彼女の家庭環境がつよく影響していますように見えます。 父と母の不仲に胸を痛め、自分は愛されてるのかを疑問に思っている。だから父と母は美しく愛し合っていて、その結晶として自分は生まれたのだと信じているのでしょう。 セックスは気高く美しいものだと、それは自己防衛のためにも信じていた。自身が受けた愛がウソだったなんて思いたくないから。 けれどそれは騙し騙しな部分があったのかもしれないなぁ…。 例えば途中、彼女はコンドームを知っているような素振りを見せます。弥彦にたずねられてもとぼけますが、それは照れよりも彼女が信ずるセックス像がブレてしまうため認めたくない部分もあるのかなぁと思いました。 年上のお姉さんからエロ本の購入を計画したことを咎められ「いやらしい」と言われた時には、顔を赤くして逃げました。 「え… えっち本は愛の行為を写した本なんでしょ!?だったらそれを恥ずかしがることはないんじゃない!」 そう言うのですが、自分にそう言い聞かせているかのような必死さがある。 やはり本能的な部分で、セックスや性的なことを「いやらしいことだ」「恥ずかしいことだ」と感じる瞬間が彼女にもあったんだろう。でもそれは彼女の防衛本能が許さなかった。セックスは美しい愛の行為だと信じないと、自分の心を守れなかったから。 そこに彼女の揺らぎ、不安定さが垣間見えてかわいいんだよなぁ。 彼女が赤ちゃんへの愛情を示すシーンも印象的です。 愛の結晶である赤ちゃんを身近に関して、その赤ちゃんに自分を重ねているのかな。愛を証明する美しい行為の、その結晶であると。 そして純粋できっと当然の未知への興味。その興味は本当に純粋なまま、セックスという行為への興味でもあります。 pinks2 「本当に心のそこから美しく愛しあったから赤ちゃんができるんだよね?」 そんな疑問を投げかけているようにも感じます。彼女の不安が映されている。 なにも自己防衛だとか愛の証明だとか不安だから、そういうちゃんとした理由がなくたっていい。知らないものは知りたい。興味があるから見てみたい。 シンプルな好奇心が彼女を突き動かしてもいるように見えますね。 とはいえその好奇心がスケベ心100%の男の子と違うのは、やっぱり女の子だからなのかなぁと思ったり。弥彦より断然ロマンチックで綺麗なものを夢に描いている。そうあってほしいと願っている。 物語後半、彼女は自身の価値基準でいうと、汚れてしまうのですが 「セックス以前の未熟なラブストーリー」としてお話は結実してくれる。モノローグのなかで「いつか」の話もされるんですけど、そこがいい余韻になってるんだよなぁ…! 性的な成長もまじえてセックスをめぐる冒険をする男の子と女の子の物語。 …でも小学生の段階で彼女の「セックス像」が修正されてよかったかもしれない。 何事もなくこのまま中学生になってしまっていたら……中学ともなればクラスや友人の会話の中のところどころにセックスへの下品な興味が溢れ始めて、赤城さんはとてもつらくなっていたのではないかなl. その時、中学生の赤城さんがどうなっていくかを想像するのは結構楽しいんですが(きっとこじらせまくってると思う、いろいろ)そう思うと、この作品は小学生という時代にだからこそ許される純粋な輝きがあったように思います。 小学生だからこそのもどかしさ、純粋さがキラキラ輝いてるんだなぁ。


赤城さんのことばかり書いてきたけど主人公の弥彦くんもイイのですよ!! 赤城さんがセックスに美しい夢を抱いている横で、「ぼくはなんていやらしいんだ…」と悩んでいたりする。かわいらしい男の子じゃないですか! エッチなことを考える自分が汚れてしまったように感じて、自己嫌悪に陥ってしまう。 でもそれは当然なことであるわけで。むしろ赤城さんの方が現実離れしているよなぁ。 大人びてるでもなく子供っぽすぎない、等身大の男の子ですね。 こじれた赤城さんを引き戻すのは弥彦くんの正直な言葉です。 そんな子供な主人公2人をとりまく大人たちの世界もしっかり描かれている。 赤城さんの家庭問題はありふれた、けれど心が冷えきってしまうような現実を突きつけてくる。主人公たちはナメてかかっていた本屋のおばあちゃんも、しっかり2人の行動を見抜いていた。大人は子供たちにとって完璧に都合のいい存在ではない。 担任の先生と本屋の代理のおねえさんの会話なんかはシビれたなぁ…! 「なんで子供はエロ本を読んじゃいけないんだろう?」 その疑問にちゃんとした答えを大人は用意できている。 それでも「多分あの子たち間違ったことしてないよ」 それでも「怒らなきゃ…大人なんですから」 いくつかの矛盾を抱えつつも、「大人なんだから子供を叱らなくちゃ」と決意するのが頼もしさを感じました。子供をまもるために子供を叱らなくちゃいけない。 大人の世界にカッコよさや説得力があることが、子供たちの世界をさらに面白くしてくれる!


「PiNKS」の感想でした。 途中にも書きましたが、「セックス以前の未熟なラブストーリー」という感触の物語で、なんともムズがゆく微笑ましい、素敵な物語でした。なんて繊細な性の冒険!! エロをめぐる小学生の男の子と女の子、それぞれちがった葛藤と痛み……。 やはりテーマがいいし、トーンを一切使わない画風もノスタルジックな気分が掻き立ててくるし、赤城さんはかわいいし…なんとも贅沢な感動を味わえました。あのころのエロへのがむしゃらな熱量をなんとなく思い出した…! 「小学生がエロ本を読もうと頑張るお話」から始まるものの、そこから現実にブチあたって苦しんだり悩んだり迷ったり。 一生モノな記憶を刻みつけるような濃密な物語後半は鮮烈です。 あとゲッスいことを言ってしまうと、あのシーンの赤城さんを見たら、心奪われるしかないですよ、読者も弥彦も!時に暴力的に性を押し流されてしまう脆さ、か弱さ…!!キュンとくる! この作品の中に描かれている純粋な衝動は、どんな年代に幼少時代を過ごした人でも馴染みあるものではないかなぁ。町並みやエロ本販売機を見るに、リアルタイム2010年代が舞台ではないと思います。今だったらPCや携帯で簡単に見れてしまうわけで、この感覚を共有できないのは結構寂しいですけど、それはそれで過ぎ去りし時代を振り返るいい郷愁感でもあるか。 ドロはついててページは湿ってて、あんまり触りたくないような道端のエロ本にドキドキしていたあの若かりし魂を思い出す、いい漫画です。 そんな美化するような物でもないくだらない記憶ですけど、なぜだか大事にしたくなる体験だよな…w 著者の初単行本であり、初々しさや青臭さも見どころ。追っかけてみたい作家さんです。 『PiNKS』 ・・・・・・・・・★★★★☆ みずみずしくノスタルジックな空気がたまらない、性と小学生の漫画。 もどかしくて痛々しくてかわいらしい、おもいっきりツボな作品でした…。