「正直どうでもいい?」

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ショートショートの面白さを堪能できる、これぞアイデアの泉。『ひきだしにテラリウム』

ひきだしにテラリウムひきだしにテラリウム
(2013/03/16)
九井諒子

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   私はただ呆然と立ち尽くすのでした 九井諒子さんの新作単行本「ひきだしにテラリウム」の感想です。 デビュー作「竜の学校は山の上」がまさにストライクな作風で、それ以降追いかけている作家さんです。これが本当に素晴らしかったんだ・・・! →奥様は馬で、同級生は天使で。 『竜の学校は山の上』 去年には「竜のかわいい七つの子」という作品集も出しましたね。 今勢いにのっている作家さんの一人だと思います。 そして今回の新作「ひきだしにテラリウム」は、実に33つものショートショートを収めた豪華な作品集。イデアで魅せる九井漫画の面白さをギュッと詰め込んだ一冊と言えるのでは。 ストーリーにそれぞれおもしろい仕掛けがあり、1つ読むたび「すごい世界観だなぁ」とか「おお、なるほど!」とか。そういうのが33つもあるのですからもうめまぐるしい。贅沢な読書体験でしたよ。 33つものショートショートが収められている本作の面白さは、とにかくいろんな話が読めるお得感も大きいです。そして各話のアイデアとその魅せ方。 これぞショートショートの面白さを堪能できる1冊と言える! お気に入りの作品ばかりですが、中でもこれは!と思ったものをいくつか個別に感想を書いていきたいと思います。選ぶのが大変でしたが……!


●恋人カタログ 未来の自分の恋人候補を見ることができる、夢のカタログ。未来に出会うことができる恋人候補を見ながら、どの女性を選ぶかを決めることができる。そんな道具を手に入れてしまったら……。 いい意味で期待を裏切られる気持ちよさと、たっぷりスウィートなクライマックスにがっしり心掴まれてしまいました。ファンタジーもいいけれど、九井さんの描く現代・現実の女性もすっごく魅力的だ。 テラリウム1 ●かわいそうな動物園 命を潰していく飼育委員。その惨状にオイオイ大丈夫かこの話は、と思ったら。最後にきっちりと希望が見えました。 最後にオリーヴが運ばれてきたことで、この作品は有名な「ノアの方舟」を描いているんだなとわかる仕掛け。まるで現代が舞台かのようなので最初えっとしますが、ラストシーンの鮮やかさな希望がとても印象的でした。 ●未来面接 人類を救う大きなロボット。そのパイロットは、面接で決まる! 「なーんか……思ってたよりつまんねーな、未来……」 のぼやきが全てを物語る。そうだよね、選ばれし力とか、禁じられた契約とか、そういうのが欲しかったんだ。でも現実は空想に追いついて、かつての空想のロマンを塗りつぶす。ちょっと寂しい雰囲気がまたグッとくる。 ●春陽 ペットとして小人を買っている人間たち。6ページという短いページの中で女の一生を駆け抜ける。幼女から老人になるまでを優しく見つめるお話。 とくに反抗期を迎えた頃の小人の様子がとても可愛らしい。 小人と共生はなんだか見ていて楽しそうですね。羨ましくなってくる。 terariumu.jpg ●秋月 ……という一個前の「春陽」と対をなすエピソード。恐らくこちらが、小人から見える世界を描いた作品。こちらでは「春陽」で登場していた飼い主の人間たちが、無機質な機械として描かれます。 ついさっきまで見えていた景色がクルリと反転。これはすごい。 種族が違えば、それぞれ見えている世界も違うんだよな。 それでもこれら違った視点で読んでみると、それぞれの存在への感じ方は異なっていても、愛着を持って接している。愛はきちんと伝わるんだよな。与える愛情はその全てを正しく理解してもらえるとは限らない。残酷なすれ違いを描いているように思いますが、しかし大きな救いがあるお話。 ショートショートの主人公 非常に面白いメタ構造を持った作品。熱血漫画主人公の父。おてんばおっちょこちょいの少女漫画主人公の母。アナウンサーとして活躍するOL漫画主人公の姉。千年に一度の役割を担う超能力バトル漫画主人公の兄。そして末っ子の私は…… なにもない平凡な、ショートショートの主人公。 いろんなオチが用意されているショートショートだからこそ、生き残るための努力を惜しまない。 しかし用意されたオチは結構救いがないものでしたね。面白いけど、こういう拍子抜けで残酷なものがやってくるとは。 テラリウム3 劇画タッチの熱血漫画主人公な親父がサイコになっていくのに笑ったw なんにも縛られない、「物語の主人公」ではなくなった彼女。そしてただ真っ白い未来を前に立ち尽くす。それはすなわちこの話を読む読者と同じ世界にたったということだろうな。メタ構造を上手く使ったようで、実際はフィクションという幻想を消滅させる破壊的な作品。 ●こんな山奥に お天気雨を「狐の嫁入り」と言いますが、それを可愛らしく描いた短編。きつねたちが人間になりきってやりとりを交わしているのは面白いし、きつねといえば!なヒントを散りばめているのが面白いですね。そしてラストシーンがめちゃくちゃ可愛いんだ! テラリウム2 ●スペース お尺度 生きることに無気力になってしまった男性が、宇宙の広大さに魅入られてトリップするお話。人間関係に悩むことなんてバカバカしい。煩わしいことは全部忘れて宇宙を夢見よう。 と思ったって僕らが生きていられるのはバカでかい宇宙じゃなくちっちゃくくだらないこの現実なわけで。主人公もなんだかんだで頑張るのです。 気持ちがまっすぐになっていく過程がさりげなくて、でもそれが気持いい。この世界のなにもかも、宇宙に比べれば些細なことだ。それをどう捉えるかで、生き方は買えられるな。非常にロマンチックな読後感に満足度も非常に高い一作品でしたね。


というのがズラーッと33篇収められた短編集です。 各話のアイデアも面白いですし、漫画としての読みやすさも流石。 なめらかでありながら心にあとを残していく。ショートショートというだけあってページ数は少ないのに、終わったあとの余韻のよさで満足度が跳ね上がる。 絵柄も自由自在に変えて作品を生み出していくのも面白いですね! 線が多くてキッラキラしたいかにもな少女漫画タッチだったり、伊藤潤二作品みたいなホラータッチ。ファミリー向けにありそうな海外旅行レポ漫画のほんわか丸っこいタッチまで。一瞬松本零士絵っぽくもなったか。 絵柄の使いわけすら駆使して、いろんなお話を紡いでいく作家さんです。 九井諒子。これからも要注目の作家さんでしょう!次の単行本も楽しみ。 そういえば「テラリウム」って言葉がすごくピッタリでしたね、こういうセンスも好き。 『ひきだしにテラリウム』 ・・・・・・・・・★★★★ 良質な作品集。とにかくいろんな話が読めて、頭にいい栄養が回る感じ!