「正直どうでもいい?」

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世界も私たちも曖昧なまま。『ワールドゲイズ クリップス』1巻

ワールドゲイズ クリップス (1) (カドカワコミックス・エース)ワールドゲイズ クリップス (1) (カドカワコミックス・エース)
(2012/11/01)
五十嵐 藍

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   じゃね 元気でね 五十嵐藍さんの新作作品集「ワールドゲイズ クリップス」1巻の感想。 1巻となっていますが長編シリーズではなく、この1巻にも3つの作品が収録されています。 同じヤングエースで連載された「鬼灯さん家のアネキ」は、基本的には姉弟のエロ&ラブコメでしたが、ときどた乾いたような、うら寂しい雰囲気になるシーンがあったように思います。 というか後半は結構そういうシーンが目立っていたような気もしますね。 本作「ワールドゲイズ クリップス」はあの感覚をさらに鋭くしたような味わい。 どの作品もうまく未来が見えない少年と少女の、ぼんやりとした想いを切り取っています。 前に出た作品集「ローファイ・アフタースクール」と似た雰囲気。 五十嵐さんは「アネキ」で知ったのですが、この作家さんの真骨頂はこの作風っぽいなぁ。


●放課後ロスト 最初の作品。2人の女の子が出会い、なんとなく気があって、なんとなく家出をする。 常にその「なんとなく」のぼや~っとした曖昧な気だるさが蔓延している世界。 なんとなく居心地が悪い瞬間。なんとなく居心地が良い瞬間。 ふらふら舞うように少女は出会って近づいてまた離れていったりする。 自然に、いつのまにか仲よくなっていっている感じとか、いつも表情を変えない主人公が、家出したとき(第3話のあたり)はちょっと表情豊かになってたりだとか、 些細なところまでキャラクターが動いている様子がいいですな。 よく見ると第3話だけ、主人公の娘の目がおおきく開かれている気がするw とくに大きな理由もなく、気が向いたから家出して、気が向いたらまた帰る。 そんなフリーダムでてきとーな家出だけど、確かな意味はあったように見える。 やっぱり「なんとなく」だけど・・・少しだけ、寂しくなくなったよ、なんて。 個人的にはラストシーンが印象的です。アメをほおばるところ。 最後に口にふくんだアメは、その身体の一部になる。溶け出した甘味は記憶に焼き付く。 そうしてあの旅が、ちょっとだけ大切なものだったように思える。 掴みどころのないけれど、心のひだをくすぐられる感覚。 ワールドゲイズ1 時間を持て余したようなのびのびとした時間の中に、うっすらとした絶望と希望。 不思議と青春の匂いも色濃い。


●ウォーキング ウィズ ア フレンド これもなんだかすーっと、飄々とした雰囲気の漫画。 この単行本の中では短いもので、かなりあっさりとした内容。 それでも、卒業を控えた学生の皮肉めいた寂しさ。「何かすれば変な空虚さが埋まるかなって、悪あがき」とか言ってしまう達観したドライさ。その虚無感と、でも最終的にはなんだか心が満たされた気になるラストへの流れは、なかなかに鮮やか。気持ちよく心が空をすべっていく感じ。


●緑雨 これはちょっぴりの狂気が顔をのぞかせる作品。 これまでは心おだやかな作品が並んでいたぶん、ダークな感触にドキドキします。 というかずーっと雨が降っていてじめっとして湿度高め。そして冷たい闇が広がる。 ワールドゲイズ 「濡れた黒」のイメージが強烈でした。 例えばヒロインのつやつやの黒髪。夜に降るさめざめとした雨も、雰囲気を盛り上げる。 なによりこの雰囲気が素敵すぎる。心をかきむしられるような、じわじわ責め立てられるような、でも落ち着くような。 行くあてもない思春期の少年少女のモヤモヤも閉じこまれれていて、すごくいい雰囲気。 それでも最後は清々しい快晴。 思い出を飼い続けた主人公。妄想から開放されたことは痛みを伴うけれど、でも笑顔で迎え入れるべきことなんだろう。 途中ヒヤヒヤしたけれど、告白してきた女の子が幸せそうでよかっですわ。 主人公の闇にドキドキするとともに、雰囲気も魅力たっぷり。ほんのりダークな作品。 ●blue imaginary birds さくっと終わる短編。元カレとよりをもどすために青い鳥を追いかける女の子の話。 一つ前の作品が結構重かったためか、最後は作品集で1番お気楽ムード。 青い鳥を追いかける本人は切実なんだけど、結構追いかけることを楽しんでるし。 「なんだ、これは本物の青い鳥じゃなかった」のセリフがいいなぁ。幸せを手にしても救われなかった時、青い鳥を「ニセモノ」にしてしまう。世界のどこかには幸せの青い鳥がいるって信じ続ける。


というわけでそんな作品集。 いろんなタイプの作品が納められていますが、一言で言えばどれも地味です。 大事件が起こるわけではなく、ただ静かに心の動きを追っていく。 心の動きといってもこれまたドラマティックなものは少なくて、言葉にならない漠然とした不安や虚無感やらがちょっと前向きなものに変わるというだけ。 でもその微妙な心境の変化を、大切に大切にしてくれるからこそ、染みる漫画。 この感覚は言葉にしづらいけど・・・間違いなく、好きなタイプの漫画なんだ。 きっと多くの人が味わったことがあるであろう、この乾き。 思春期のころの、あの甘くも毒々しいもどかしさが詰まった作品集でした。 『ワールドゲイズ クリップス』1巻 ・・・・・・・・・★★★☆ たゆたうあいまいな気持ち。爽やかな読み心地の中に、結構な毒が混じっていたり。