「正直どうでもいい?」

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君と海について、あるいはその隔たりに『夜と海』3巻

 

夜と海 3巻 (ラバココミックス)

夜と海 3巻 (ラバココミックス)

  • 作者:郷本
  • 発売日: 2021/04/15
  • メディア: Kindle
 

 

「夜と海」完結となる第3巻が出ています。

遅くなりましたが、非常にいい作品でしたので感想でもつらつらと。

 

 

久しぶりに「素晴らしい漫画と遭遇できた」と思えた。

漫画感想をおもに前世ブログでやっていたころから漫画の読書量は半分くらいに低下してしまっている。漫画をかってもすぐに読むのではなくてしばらく置いてから読むようなスタイルになった(電子書籍にかなり切り替えてセール待ちしていることもある)。

そんな中でも、新作で、紙の本で、全3巻とコンパクトにまとまった佳作を読んだことで、ちょっと久しぶりに嬉しくなったんだよな。そりゃきっと俺の知らない、けれど俺にドストライクな作品はまだまだいくらでもあるんだろうが。

 

あまりに関係のない書き出しになってしまったが、とにかくこの漫画が素晴らしく、そしてたまらなく美しい作品であることをまず伝えていきたい。

 

 

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まずこの作品は本当に絵が素晴らしくて。

たっぷりと情感が含まれててもう滴りそうなくらいタッチのしずる感が美しさよ。
その質感が物語そのものとリンクしていて、とくに心象風景として海洋生物がおおく登場するのだが、すべてがきちんと登場人物とつながっている。言葉ではなく感覚や空気感として、表現がリリカルにこちらへ向かってくる。すごく立体感のある作品になっていると思う。

距離感になやむとき。すこし寂しいとき。自分の道をみつけられないとき。日々を惜しくおもうとき。

それら感情は、言葉にすれば「そういう感情」と断定されてしまうけれど、この作品は基本的にそこを明らかにすることはない。あえて暴きたてることはしない。

言葉とことばの行間や、視線や表情。そして心象風景を反映した海中や、美しくて変わらしくてときおりグロテスクな海洋生物たち。

 

 

 

主人公は2人の女子高生。
なにか不思議なことが起こることもない、静かな箱庭的物語だ。
けれどこの作品は強い引力を持っている。ページの隅々にまで張り巡らされた巧妙な演出、情念のようなもやの漂う空間、そして読書体験と物語がぴったりと重なる不思議な感覚によって、強烈に惹かれてしまうのだ。

「なにを考えているのだろう」「なにを欲しがっているんだろう」「私をどうおもっているんだろう」

そんな疑問にすべて答えがでるわけがなくて、でも知りたいから相手をよく観察するし、言葉をかみしめるし、あらゆる機微を読み取ろうと苦心する。そんな作中のキャラクターの姿勢と、この作品に挑むときの我々読者の感覚は自然とシンクロする。

思考がしずかに、物語のなかへ、そして2人のまとう空気感へ浸透していく感覚。埋没できるし、したくなる。そういううれしい世界観が広がっている気がする。(2人の間に挟まりたいとかではなく)

 

最終巻となる第3巻では2巻から引き続きサブキャラクターについても深堀りされていく。先生のエピソードなんかはとくに、若者がゆく未来と、元若者としての視点が交差するビターな風景が感じられた。相乗的に、主人公たちのこの限られた時間がすこしずつ消費されていきやがて無くしてしまうことを意識させられる。

しかしながら憂いとざわめきに苛まれながらも、結局のところこの作品の独特のテンポ感は憂鬱に染まりきらず、止まらず、ゆらめくように描かれていく。

ある種の空元気のような、ドライな感覚も多分に含まれているように感じる。

  

 

 

  ようやく心を開けた、ように見えてまた距離をとられて。

そんなふうにつかず離れずの高校最後の1年。夏がきて、冬がきて、そして春が来るころにも・・・・・・彼女たちは彼女たちのまま。そこにはもどかしさも、恋しさも寂しさも、「そういう関係だったでしょ」というある種の諦観と。

作中でも、本当にあっけないほどに時が流れていく。もっと読みたい、もっと浸っていたいというこちらの感傷もあっけなく霧散していく。

そのうえで、実験的なコマ割りや演出がつねに張り巡らされている。そういうちょっとアバンギャルドな風味もかっこいいんだよな。

 

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このエピソードは「見上げる」 という動作がひとつのキーとなっているのだが、ところどころに挿入されるカット(画像でいう一番したのコマ)などで物理的に現実世界を見上げる構図になっている。心象風景と現実がつながっている表現としてとてもおもしろくて、しかも見開きとして非常に美しく組み上げられている。

このページだけではなく、もうどのエピソードにも「おっ!」となるような仕掛けや演出が施されている。そういうのをひとつひとつ眺めているだけで嬉しくなるし、その環状が見事に物語と地続きとなっていることもたまらなく嬉しいのだ。

 

将来を決めることなんて高校生には当然難しくて、でもそれを決める理由のひとつが「君」とかであった場合。

なんかもうそれって、永遠の友情が存在するのかとかどうとかよりよっぽど深い楔が人生に打ち込まれているようでメチャクチャ眩しい。

踏み込まなくても、大事な言葉を交わさなくても、約束なんてしなくても、それほどまでの深い影響を他者に与えているということの重みと尊さよ。

 

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徹頭徹尾、言葉の足らないふたりの漫画だ。だからこそ愛おしい。
足らない言葉をかけらがそこらじゅうに漂っていて、それがあまりにも切なくて可笑しくてが読んでて顔面がグチャァとなる。

「なにかを伝えたい」という意思の断片だけがそこにあり、きっとそれはお互いにそれとなく知っているんだけど・・・そんな遠さが、そんな隔たりが、言葉を交わすことのない美しい時間をより結晶のようにここに留めている。

 

私たちは多分

そこに全部

置いてきたんだと 

なんとなくそう思う

 最終話で語られている言葉。すべてが過去となり、その結晶を眺め続ける。

 

余談だが 

1巻2巻3巻と表紙だけ見てみると、2人の関係性の変化が表れているし、うしろにある満月モチーフのような丸模様がどんどん青⇒橙へと変色していっている。
時間によって表情をかえる海を表しているのだろうか。まぁなによりこの色合いというかデザインとしてあまりにも美しくて、そのために俺は本作を紙で購入している所はある。

 

作者の郷本さんはかなりの実力派だと思う。この作品と同時に描かれていた猫漫画がまだしっかりと読めてはいないが、こんなに見せつけられたら他の作品も追いかけざるを得ないよな。新作が楽しみです。

 

 

 

 

スピッツ全アルバムざっとレビュー(30周年に寄せて②)

 

前記事


 

自分史上1,2を争うほどに好きなバンドなのに、ちゃんとブログ内で言及したことがなかった。

スピッツディスコグラフィーについてちょこっとずつ書いていこう。

あとシングル曲以外でのフェイバリットソングを1曲選んで貼っていくので、ちょっとマニアックなスピッツ曲を発掘してみたい人はぜひ聞いてみてほしいです。

 

 

 

 

 

1st スピッツ

スピッツ

スピッツ

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2002/10/16
  • メディア: CD
 

 

 

堂々たる1st。紛れもなく名盤だが、やや癖は強いのである程度スピッツに慣れてきてから臨むべき一枚とも思う。混迷極める草野マサムネの歌詞世界がもっともカオスに表現された、手加減知らずのイチ枚。

パンクバンドとしてスタートした名残がサウンドとして息づいているが、歪んだギターにアコースティックなリズムギターが絡んだり、複雑怪奇な歌詞も相まってすでにスピッツの原型が完成していると思う。

とくに「死とセックス」という側面からフィーチャーされることも多いアルバムでもある。パンクなテイストの中で、「月に帰る」「夏の魔物」など情緒的でメロディアスな曲もとても良いアクセントになっている。
むちゃくちゃな世界観で突然ぽいっとキラーフレーズも飛び出してくる、無骨なおもちゃ箱みたいな印象のアルバム。

 

お気に入りの1曲:テレビ

open.spotify.com

初期のスピッツの歌詞センスがとくにひかっている曲だと思う。終始なにを言っているのかわからない、でもなんとなく死の匂いを漂わせながらサビへ向かい、マントの怪人が叫びだす。

有名な説だが、市松模様=葬式柄、不思議な名前=戒名、最後のテレビ=死者が棺の窓から現世を眺めている、といった解釈は中学生時代につよい衝撃を受けたのを思い出す。なんて恐ろしくて魅力的な歌詞を書くのだろうと感動した、自分にとっての「怖いスピッツ」の原体験だ。

 

2nd 名前を付けてやる

名前をつけてやる

名前をつけてやる

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2002/10/16
  • メディア: CD
 

 世の中の名盤ランキング的なものに上がってきやすい初期の大傑作たる2nd。

今聞いてもスピッツらしさと、濃厚なエッセンスと、若かりし勢いが感じられる。1stよりさらにバリエーションに富んだ楽曲が並び、なによりもポップ!曲順も見事ですっきりと聞ける。最後の「魔女旅に出る」に至るまでのハンドルさばきが絶妙で、そしてその最終場面であまりにも壮大に旅立ちと離別、「いつでもここにいるからね」という甘やかなスタンスが提示される。あまりにも完璧。

全11曲でどれもコンパクトな曲なのでアルバム通しでマイフェイバリットになりがち。

幻想的な「鈴虫を飼う」とか、以降発揮される天才的なサビメロの発明センスがはじける「胸に咲いた黄色い花」なんかもとびきり好きだ。タイトルトラック「名前をつけてやる」もインパクトが強い。ほがらかに無垢になんて危うい世界を見せつけてくるだろう。

でも1番は「プール」かな。まぶしい夏の夢のようで、でも閉ざされた世界の中の窒息感とか、直球だがセックスにふける陶酔感とか・・・奇妙でかわいらしくて世界からすこしはみだしている感覚。落ちぶれたとしても、ひと時幸せならばそれで良いじゃないかという堕落、刹那的な感覚。ポップでありながらアーティストとしての姿勢も垣間見えてくる。

お気に入りの1曲:プール

 

 

ミニアルバム オーロラになれなかった人のために 

オーロラになれなかった人のために

オーロラになれなかった人のために

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2002/10/16
  • メディア: CD
 

 

ちょっと影が薄い初期のオケーストラ中心のミニアルバム。1st2ndととにかく売れなかった中でいろんなサウンドを模索していたように思われる。とはいえ売れ線意識の曲はなく、かなり好きにやってる感じ。

実はスピッツでミニアルバムとカウントされる作品はこれだけ。たった5曲しかないしバンド感も薄いが、それゆえに今なおディスコグラフィー全体見渡しても特異な1枚だと思う。初期マサムネの破滅的で暴力的で美しい歌詞に浮遊感たっぷりのサウンドは、はてしない透明感だ。当時でしか成し得なかった雰囲気だと思う。

ファンからの人気の高い、あまりにも物騒な「ナイフ」、壮大さのカケラもない変化球「田舎の生活」(のちのLOST IN TIMEのカバーも大好きだし、スピッツの貴重な岐阜ソングでもある)も際立っているが、個人的に最後の「涙」が好き。

オーケストラが盛り上げてくるディズニー映画みたいな感覚になるんだけど、ファンタジーですこし悲しげな音色でたまらない。マサムネの声と不思議な調和をしているように思う。マサムネの歌声も伸びやかすぎないかすれが残っていて、美しいだけじゃないイビツな魅力がある。

お気に入りの一曲:涙

 

3rd 惑星のかけら

惑星のかけら

惑星のかけら

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2002/10/16
  • メディア: CD
 

 1曲目のタイトルトラックから明らかに空気が違っている、渾身のロックアルバム。「ロックバンド」として姿勢を改めて表明したい気負も漂う。といっても重苦しい内容でもなくて、ガツンとくるアタックのつよい曲が意識的に収録されている。全2作と比べてサウンド的にも凝ってる感じで、意図的な遊びも多いような気がする。一方で切ない王道名曲「アパート」や広がりのあるポップソング「日なたの窓にあこがれて」なども際立っていて素晴らしい。

これまでの作品をいわゆる「初期スピッツ」と呼ぶことが多い。自作4thからは大きく方針を転換させ、「ロビンソン」の大ヒットへと向かう。大きく羽ばたこうとするこの時期のスピッツならではのエネルギーの充実感がはっきりと現れている過度期のアルバムだ。

1曲選ぼうとなるとこれまた難しいが「アパート」「ハニーハニー」を押しのけて「僕の天使マリ」だろうか。とにもかくにも、歌詞が良い。良すぎる。草野マサムネのラブソングって奇妙な部分をめでるファニーな視線が特徴的だと思っているんだが、「僕の天使マリ」はそれに加えてマリというヒロインの造形も想像力を掻き立てられてたまらなく愛おしくなる。ロカビリー調でたのしく駆け抜けていくのもまた好きだ。

お気に入りの1曲:僕の天使マリ

 

 

4th Crispy!

Crispy!

Crispy!

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 1993/09/26
  • メディア: CD
 

 大きな方針転換となった4th。これまでにない極彩色の煌びやかさ。

のちに黄金時代を築く笹路正徳さんとのコンビネーションもまだイマイチはまっていない感触。めちゃくちゃポップで聞きやすいんだが、明るく振舞おうとしてるけど目が笑ってない、みたいなぎこちなさが垣間見える。ハッピーでポップな前半から6曲目「夢じゃない」からえらく暗い流れに入っていくのも不思議だ。

とはいえ個々の曲は粒ぞろいで、あの草野マサムネがポップソングを作ろうとしているんだからそれは最高のポップスが出来上がってきている。

シングルリリースされた「裸のままで」は当時としては異色作だったはずだが、いま聞き直すとむしろ「スーベニア」「さざなみCD」期に歌われていてもおかしくないこなれ感があるし、サビメロは本当に美しくて泣きそうになる。

ただ正直なところ、スピッツの中でもトータルで聞いた回数が少ないアルバムだと思う。

 

お気に入りの1曲:夏が終わる

わたせせいぞうのイラストが似合いそうな、センチメンタルでほんのりとバブリーな香りが漂うナンバー。タイトル通りの季節の寂寥感が味わい深い。歌詞もとにかく美しい。

全体的にオーバープロデュース傾向のこのアルバムの中で「スピッツらしくないサウンドだけどスピッツにハマってる」という素晴らしい着地を見せた曲。

 


 

5th 空の飛び方 

空の飛び方

空の飛び方

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2008/12/17
  • メディア: CD
 

収録シングルは「青い車」「スパイダー」「空も飛べるはず」・・・ブレイク前夜というまさに一番おいしい時期のアルバム。パブリックイメージとしてのスピッツとおそらくそれほど乖離がない、かつ個性的な姿勢も欠かさない高バランスの一枚。 いつ売れてもおかしくないエネルギーを感じるし、事実この次作で大ブレイクを果たす。

シングル曲の強さが際立っている一方でエロティックなポップソング「ラズベリー」、ライブ映え抜群の「不死身のビーナス」など中盤を固めるアルバム曲も強い。ラストの「サンシャイン」なんか歌詞が澄み渡っていてめちゃくちゃ感動的(サビのバックで流れてるシンセのメロディもたまらん)

ザ・名盤!という風格はそれほどないけれど、スピッツが地に足着いたポップスを発見した記念碑的な作品じゃないだろうか。

「空の飛び方」というタイトルも、清らかににも受け止められるし、アンダーグラウンドな含みを持たせた性と死的な味わいもできる、見事なアルバム名だと思う。

お気に入りの1曲:サンシャイン

 

アルバム最終曲。なんだかんだでアルバム自体はかなり雑多なんだが、この曲のアウトイロがすこしずつフェイドアウトしているさなかに「いいアルバムだったなぁ」と染み染みと思えてしまう。 

 

6th ハチミツ

ハチミツ

ハチミツ

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 1995/09/20
  • メディア: CD
 

 

 超名盤。

シングルの「ロビンソン」「涙がキラリ☆」が大ヒットを飛ばした流れにのり、めちゃくちゃ売れた。おそらくかなり多忙だったと思うが、そんな中で期待に120%応えこんな大名盤を送り出した当時のスピッツの勢いが見事にパッケージされていると思う。いい曲が多すぎてこのアルバムだけでトリビュートが発売されている。

神秘的なバラード「Y」やハードロック色を垣間見せる「グラスホッパー」などもあるが全体的には春が似合いそうな、かわいらしくノスタルジックなポップスが勢ぞろい。曲順も見事で、最後の「君と暮らせたら」で風景がセピア色になっていくようなストーリー展開まで感じられる。言い過ぎかもしれないが「日本語で歌われる音楽」の最上級にあると個人的には思っている、邦楽界に名を刻む傑作だと思う。

スピッツを有名曲しか知らないという人も聞きやすく、しかしスピッツの不可思議な”性癖”もオミットされずに表現されている。これ以上ない入門向けの1枚ではないだろうか。

お気に入りの1曲を決めることがメチャクチャ難しいアルバムだが、ファン人気もたかい「愛のことば」の完成度は正直突き抜けすぎている。大名曲。「ハチミツ」「歩き出せ、クローバー」なども素晴らしい曲だが、1曲だけとなるとやはりここに落ち着く。

お気に入りの1曲:愛のことば

 

 

もう何も言うことないくらいに全部好き。 

 

 

7th インディゴ地平線

インディゴ地平線

インディゴ地平線

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2002/10/16
  • メディア: CD
 

「チェリー」「渚」と、これまた大ヒットシングルを収録した7th。「渚」はじつはアルバムアレンジバージョンとなっており、こちらのほうが好き。

「ハチミツ」と比べるとややマイナー調の印象が漂う、マニアックなテイストのアルバムでもある。音質も少しだけこもったようなローファイさが際立っている。

個人的には1stはやや大人びた印象だが3rdあたりからスピッツは「少年」だったように思う。それがこの7thで成長してまた「青年」に帰ってきたような感覚でいる。

表題曲「インディゴ地平線」はどっしりとした低音が響くミドルテンポ曲で、特に「ハチミツ」と比べると雰囲気がまるで違っている。アルバム後半はさらに「ほうき星」「マフラーマン」と重たい曲がくるので、「チェリー」のようなテイストを期待した人は面食らったと思う。

でも「バニーガール」とか「初恋クレイジー」などスピッツらしいサウンドで乗れる曲もたくさんあって緩急が心地よい。国民的大名曲「チェリー」をオマケのように(いやデザートのように)最後においているのも、あまのじゃくなスピッツらしい。

 

 

お気に入りの1曲:夕陽が笑う、君も笑う

アルバムのクライマックス。全体的に渋めのサウンドが特徴のアルバムだけどこの曲のイントロが聞こえてきたときのパッと風景が輝きだすような感覚は何度きいても薄れることがない。

 

 

8th フェイクファー  

フェイクファー

フェイクファー

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2002/10/16
  • メディア: CD
 

 

ジャケット人気ナンバーワンのアルバム(かはわからないが自分含めてこのジャケットを好きという人は多い)。

この眩しく爽やかなジャケットを裏切らない、パステルカラーの水彩模様のような風景を感じられるアルバム。収録されているシングル曲もあの「楓」を含め有名曲ばかり。

「エトランゼ」で夢をたゆたうようなスタートから一気に「センチメンタル」でどっしりとしたロックで覚醒。「冷たい頬」「運命の人」「仲良し」「楓」と名曲が次々繰り出される圧巻の前半。後半はなんといってもタイトルトラック「フェイクファー」。スピッツ全曲とおしたなかでもTOP5に入るくらい、好きな曲だ。

フェイクファー。偽りのぬくもり。にせものでも心あたたまるもの。これまで歌われてきたエッセンスをこれでもかと凝縮したような曲。けれどそれだけでは終わらなくて

今から 箱の外へ 二人は箱の外へ 

未来と別の世界 見つけた そんな気がした

 曲のクライマックスのフレーズ。「偽りでもよい」と慰めて続けてきたこれまでのスピッツワールドからの脱却を決意したかのような、ある意味ではメタのような、けれどスピッツ風の読み方をするなら「死」のような、いずれにせよ一歩を明確に踏み出していくメッセージがここに突き付けられている。(そのあと冒頭のフレーズに巻き戻っていくのが、また……)

 

お気に入りの1曲:仲良し

 

 

「いやフェイクファーじゃないんかい」といった具合だが甲乙つけがたいほどの名曲のこちらも紹介したい。フェイクファーはアルバムの核であり切り離せないが、この曲は普遍的な魅力があるかわいらしいポップソング。歌詞もメロディも甘酸っぱい、少女漫画のような”すれ違い感”に震える。

余談だがスピッツ目的でいったフェスで、sumikaがリハ中にこの曲を歌った。おそらくなんの映像にも残っていないと思うがその場にいたスピッツファンが立ち上がって拍手したのが懐かしい。

そしてその後のドラマも語られている。めちゃくちゃいい話。

 

 

B面集1 花鳥風月

花鳥風月

花鳥風月

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 1999/03/25
  • メディア: CD
 

 オリジナルアルバムではなく、未収録曲やセルフカバー曲を中心としたB面集的アルバム。だが語られるポイントの多い一枚とも思う。

まず1曲目の「流れ星」からして超名曲。パフィーへ提供した「愛のしるし」も名曲、「スピカ」も言わずもがな・・・「旅人」「俺の全て」・・・ウソだろってくらい名曲が連発される。なるほど「裏ベスト」と企画されたのも頷ける。スピッツの「陽」の部分だけではなくて捻くれたり歪んだりしている部分、はみ出してしまったファニーな要素もふんだんに感じられるCDだと思う。ただファン人気の高い楽曲も多い一方で、後半特にマニアックだと思うのでビギナーには勧めづらいかもしれない。スピッツファンであるハライチ岩井の話だが、相方の澤部がスピッツのCDで唯一「花鳥風月」を持っているというところを「通だな」とニヤニヤしてるエピソードがあるが、そういうポジションだと思う。

 

お気に入りの1曲:猫になりたい

スピッツらしからぬ堂々とした口調のロックナンバーである「俺のすべて」ととても悩んだ。どちらも本当に素晴らしい。が、

猫になりたい 君の腕の中

寂しい夜が終わるまでここにいたいよ 

猫になりたい 言葉ははかない

消えないように傷つけてあげるよ

 陶酔感とエロティックなフレーズが見事に融合した、スピッツ屈指の突破力を持つサビのフレーズを加点しこちらを選んだ。
 AメロBメロで語られる風景はどれも寂しくて退廃の香りを放っていて、そんな現実からの逃避として「猫になりたい 君の腕の中」と続いていく。もう滅茶苦茶ロマンティックで頭がおかしくなりそうなくらい歌詞全体が好きな一曲。

 


ベストアルバム RECYCLE Greatest Hits of SPITZ

RECYCLE Greatest Hits of SPITZ

RECYCLE Greatest Hits of SPITZ

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 1999/12/15
  • メディア: CD
 

 レコード会社が無断で発売を決め、バンドメンバーが謝罪をするという経緯を持った曰く付きのベストアルバム。

 スピッツの公式ディスコグラフィにこのベスト盤は存在しない。

だがスピッツで最も売れたCDであることは確かだし、事実として自分自身はじめて購入したスピッツのCDというのもコレだ。地元のゲオの中古売場で1,480円くらいで購入した。今でも思い出せる。スピッツはこのCDだけ持っているという人も相当数いるはずだ。
メンバーの想いを知っている以上この作品をうまく評価することはできないが、「君が思い出になる前に」から「スカーレット」に至るまで捨て曲一切ナシ、スピッツ黄金期の代表曲をこの1枚で網羅できるのだから、ビギナーからすれば最高のベストアルバムだとも思う。

”使いまわし”という愛の無さを裏付けるような「リサイクル」というネーミングも皮肉めいていてスピッツらしい。本人たちがせめてもの仁義としてそう名付けたという。

 

9th ハヤブサ

ハヤブサ

ハヤブサ

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2000/07/26
  • メディア: CD
 

 

 中期以降、最もアグレッシブにロックサウンドと向き合った前衛的なアルバム。本位ではないベストアルバムがリリースされ大ヒットを飛ばしてしまった反動でもあると思う。改めて自分たちの原点であるロックサウンドにただ回帰するだけでは無く、新しいフェイズへと歩みを進める挑戦も感じる。

従来の雰囲気を踏襲したポップソング「HOLIDAY」や先行シングル「ホタル」で完全には置いてきぼりにはならないが、まず1曲目「今」から「8823」に至るまでこれまでのどのスピッツにもなかった攻撃的で実験的なサウンド。これまでと同じ感覚で再生ボタンを押したが最後、「マジ?」ってくらいの暴風に吹き飛ばされそうになる。しかし荒々しいだけではなく、バリエーションも豊か。サイケデリックな「甘い手」や浮遊感のあるインスト曲「宇宙虫」などなど印象的な曲が盛りだくさん。

さらっときけるポップなスピッツ像とはまるで違う、スピッツの反骨精神がむき出しになっているアルバム。音楽的にもスピリット的も、新しい時代が始まった高揚感に満ちた1枚。

 

  お気に入りの1曲:8823

 

アルバムを象徴するタイトルトラック。ファンからすれば面白みのないチョイスだとは思うが、2000年以降「ロックバンド・スピッツ」の再生を強く象徴している大名曲。聞いたことが無いならとりあえず聞いてみてくれ、というやつだ。

「君を自由にできるには宇宙でただ一人だけ」

「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」

切り札のようなフレーズ。爆発のような轟音。今もセットリストの超定番。

 

10th 三日月サンセット

三日月ロック

三日月ロック

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2002/09/11
  • メディア: CD
 

 

ロックバンドとしてポップソングを鳴らす、その絶妙なバランスを見事に完成させた名盤。個人的にはTOP5に入るレベルで好きなオリジナルアルバム。

今なお続く亀田誠二プロデュース第1弾。もう19年前のアルバムではあるが、いわゆる「最近のスピッツ」として認識されるサウンドはこのアルバムからの延長線上にある感じ。

収録シングルもどれも刺さりまくる時期だし、アルバム曲も本当に粒ぞろいだ。1曲目「夜を駆ける」は特にファンからの支持も厚い。神秘的かつスリリングなサウンドに、マサムネの甘く刹那的な世界観が見事に融合している。

アルバム曲順も最高。「夜を駆ける」から「水色の街」「ハネモノ」という流れは本当に美しい。ハードかつ軽快な「エスカルゴ」、あまりにも儚いムードを漂わせる名バラード「ガーベラ」、アルバム最後にはバンドの一体感が気持ち良すぎるロックチューン「けもの道」。スキがなさすぎる。

シングル「夢追い虫」は収録を見送られたが、入っていたらどんなことになっていたのだろう。そんなIFも楽しい。

お気に入りの1曲:ババロア

 

 

きれいな曲だ。本当にうつくしいことを、うつくしい景色をうたっている気がする。打ち込みサウンドのちょっとしたダンスナンバーでもあってスピッツ的にはかなり浮いている曲(今のスピッツだったらそうでもないか。当時としては・・・)。

中学生のころ、この曲でいくつもの物語を妄想したり、恥ずかしいぐらいに浸りながら夜自転車を走らせたり、そういう時のにおいや感覚がこびりついていて、正常な評価が出来ない曲でもある。好きを超越したところに行った。

 

 

B面集2 色色衣

色色衣

色色衣

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2004/03/17
  • メディア: CD
 

 オリジナルアルバム未収録だったシングル「スターゲイザー」「夢追い虫」、元日リリースのep盤「99ep」のほか、シングルのカップリング曲を集めたアルバム。

性質上どうしても寄せ集め感が出てしまいかねないところだが、個性の強い楽曲が並んでいていい意味で無秩序、ワクワクする一枚になっていると思う。「花鳥風月」後から「隼」「三日月ロック」・・・と特に音楽性が変貌していった時期が反映されている。

「稲穂」「魚」「大宮サンセット」あたりはかなり普遍的なスピッツ的ポップソングという感じで受け止められるし、「船乗り」「孫悟空」あたりの勇ましいながらもひねっている感じもまた裏のスピッツらしさ。とはいえ1曲目「スターゲイザー」聞きたさにこのアルバムを手に取ったビギナーがまぁまぁ戸惑ったであろうことも想像がつく。マニアックな曲も多い。

 

お気に入りの1曲:魚

 

Aメロからスムーズにサビへ移行する、コンパクトながら浮遊感と広がりを感じさせる名曲。ザ・スピッツという具合のサウンドとサビの伸びやかさが本当に気持ちいい・・・!

魚というタイトルどおりの漂うギターフレーズがクセになるが、歌詞から感じるのは夕暮れどきの橙色に染まった水中。

 

言葉じゃなくリズムは続く 二人がまだ 出会う前からの

  

言葉じゃ「な」「く」リズムは続く の、歌詞通りに言葉が引き延ばされて意味を感じられなくなって、ただ心地よいリズムとして歌が響いてくる、このメタっぽい感触が大好き。こういう遊びってのちの「これ以上はもう歌詞にできない」あたりにも通ずる。

 

11th スーベニア

 

スーベニア

スーベニア

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2005/01/12
  • メディア: CD
 

 

爽快すぎる名曲「春の歌」で幕を開ける11th。リアルタイムでスピッツの「最新作」として聞いた最初のアルバムがスーベニアということもあり、個人的には思い入れの深い一枚。

音圧も上がった「三日月ロック」をさらに上回るバキバキサウンド、音色のハデハデ。ちょっと聴き疲れをしてしまうという声もあるがこの作品を特徴づける点でもある。先行シングル「正夢」もそうだがストリングスもかなりコッテリとした濃いめの味付けという感じだ。ゆるめのサウンドなはずの「恋のはじまり」「自転車」も、かなりどっしりとしたアレンジに感じる。一方でかなりの異色作である沖縄民謡テイスト「ナンプラー日和」など一度聴いたら忘れられないインパクトを残してくれる曲もある。(沖縄なのにナンプラーというのがスピッツらしいと思う)

個人的に「甘ったれクリーチャー」「ほのほ」「ワタリ」「みそか」といったヘヴィなロック曲がどれも当たりで、ロックアルバム的な聞き方していることが多い。特に「ほのほ」「ワタシ」の2連発はかなりテンションがあがる曲順。

 

 

お気に入りの1曲:ほのほ

しずかな冬の夜に走っているような、青い炎の印象のクールな曲。一転してサビでは情熱的なフレーズを歌い上げてくる。シングルになっていてもおかしくないインパクトとポップさが備わっている曲。

 

12th さざなみCD

さざなみCD

さざなみCD

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2007/10/10
  • メディア: CD
 

 

1曲目「僕のギター」による高らかな宣言のあと、黄金期を思わせるポップセンスが炸裂する「桃」に続いていく。それがとても象徴的なアルバムではないだろうか。個人的には「ハチミツ」期のようなキラキラ感がまた戻ってきたような感覚があった。サウンド的にも歌詞的にも、どことなく「少年感」が蘇ってきている。

テンポ感最高な「点と点」、ダンサブルな「不思議」なんて過去あまりなかったフレッシュ感だし、奇妙なタイトルの「Na・de・Na・de ボーイ」は若手邦ロックバンドっぽいというかズバリ言えばRADチックな曲作りになっていたり。

それはオジサンバンドが無理して若返ろうとしているような空気感ではなく、むしろ照れというか「僕たちもこういうの作ってみたくなっちゃったんだよね」とでも言わんばかりのお茶目さを感じてしまうのだ。

これまでの歩みを振り返るような「ルキンフォー」、壮大かつ疾走感ある表題曲「漣」もアルバムのまとめ上げている。
近作で見られた実験的な挑戦は少しずつ落ち着いて、グッドメロディを素直に響かせようというシンプルな意図を感じる。スバぬけた曲は無いかなという感想ではあるがアルバムトータルとしてはとても、とても好きな1枚。

 

お気に入りの1曲:桃

 


13th とげまる

とげまる

とげまる

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2010/10/27
  • メディア: CD
 

 

シングル曲はしばらくギラギラした時期が続いていたが、このアルバム収録の「つぐみ」「君は太陽」「シロクマ」あたりからグッと力みがぬけたような・・・気がする。前作「さざなみCD」と比べるとさらに伸びやかな楽曲が展開されている印象だ。

近作では1曲くらい「なんじゃこりゃ」な曲がいくつか投入されていたがこの作品はすっきりとまとまっている。聞きやすい音だと思う。個々の曲では好きな曲はたくさんあるが、アルバムとしての印象はやや弱くもある、正直なところ。


けれど特に好きなフレーズがある。

同じこと叫ぶ 理想家の覚悟 つまづいた後のすり傷の痛み
懲りずに憧れ 練り上げた嘘が いつかは形を持つと信じている

アルバム最初の「ビギナー」の一節。スピッツらしい言い回しだが、強い意志をはっきりと提示してくる。近年のスピッツはストレートなメッセージが増えてきていると思うのは、このアルバムから強固に方向が決まったようにも思う。
13枚もオリジナルアルバムを作り、当時20周年を迎えていたベテランバンドのスピッツ。「同じこと叫ぶ理想家の覚悟」、それを持ち続ける「ビギナー」、それを歌にするスピッツがかっこよくてたまらない。

 

お気に入りの1曲:恋する凡人

「バニーガール」「不死身のビーナス」系。妄想家でロマンチストなポップロック。熱に浮かされて駆け出す高揚感が見事に詰まっている。そして度々言及しているが「これ以上は歌詞にできない」と歌って本当に歌が終わるの、好きすぎるんだよな・・・。

 


 

 

B面集3 おるたな

おるたな

おるたな

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2012/02/01
  • メディア: CD
 

 

ファン人気も非常に高い「三日月ロック その3」が目玉・・・だけに終わらない企画盤。個人的には「テクテク」がほかのスピッツにないテイストのAの面曲でとても好きだ。

これまでのB面曲集と違う点は、カバー曲の割合が多いというところ。出川の充電旅番組のテーマソングとして大量に流れている「さすらい」カバーが一番有名だろうか。

ほかにも原田真二の 「タイムトラベル」、ユーミンの「14番目の月」、はっぴいえんどの「12月の雨の日」、初恋の嵐の「初恋に捧ぐ」、花*花の「さよなら大好きな人」・・・スピッツの親和性も高い名曲がズラリ。親和性が高すぎてそうと知らなければスピッツのオリジナルと思ってしまう人も出てきている。

とくに「初恋に捧ぐ」の少年感・キラキラ感はまるで「ハチミツ」に入っていてもおかしくない。自分はこのスピッツ版から先バンドのことを知った。でも、原曲も素晴らしい。初恋の嵐というバンドを知れば、尚の事。

お気に入りの1曲:初恋に捧ぐ

 

 


14th 小さな生き物

小さな生き物(通常盤)

小さな生き物(通常盤)

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2013/09/11
  • メディア: CD
 

ファンには通説となっている、スピッツのアルバム3年周期説。

その3年の間に日本は3.11を経験した。日本にはもちろんのことスピッツにも変化をもたらした。一見/一聴すると気づきにくいかもしれないが、このアルバムには明らかに喪失の悲しみや無力感のようなシリアスな響きが紛れている。

「さらさら」は往年のスピッツサウンドが目立つポップスだが、近年のシングル曲には珍しいほどに、死の匂いを放っている。表題曲「小さな生き物」はイントロもなくアタマの歌詞で力強くこう歌い上げていく。

負けないよ 僕は生き物で
守りたい生き物を 抱きしめて
ぬくもりを分けた 小さな星の隅っこ

決して暗いアルバムではない。けれどミュージシャンとして、どこまでスピッツの歌として、それらテーマを落とし込むか苦心をした痕跡が見え隠れする。たまにまったく隠そうともしてなかったする。

でも初期スピッツのようなビートを感じる「野生のポルカ」、ダンスチューン「エンドロールには早すぎる」から、ゆったりと心地よく暖かな「ランプ」のような佳曲も楽しい。最後の「僕はきっと旅に出る」は名曲。2ndは魔女の旅を見送る側だった。

きちんと大衆的なポップソングを鳴らしていく。「伝えたい」というモードに入ったスピッツの新しい一歩。

 

 

お気に入りの1曲:潮騒ちゃん

おふざけみたいなタイトルのおふざけみたいな曲。でも「夢なら醒めないでもう少し」で一気に広がっていく感覚がとても気持ちよくて泣きたくなる。近年のなかではスピッツの妄想癖のかわいい部分が強く出ている曲で大好き。

 

ちなみに特別版だけに収録された「エスペランサ」という楽曲があるが、こういう収録の仕方は格差を生むので本当にやめてほしい。アルバムが良いだけに余計にかなしい。

 

15th 醒めない

醒めない(通常盤)

醒めない(通常盤)

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2016/07/27
  • メディア: CD
 

 個人的に2010年代のスピッツのアルバムで一番お気に入り。

音がマイルドというか、丸っこい気がする。大好きなスピッツの音だ!アルバム全体通して1曲みたいに聞ける繋がりの美しさも良い。キラーチューン然とした突き抜けたシングル曲なんかもなくて、本当にまとまりが良いのだ。ギターのクリーンな響きが特徴的で、春に聞きたいグッドメロディの宝庫。けれどちょっと切ない世界感。

タイトル発表のときみんなが「どうした?」と言ったことでおなじみの「子グマ!子グマ!」とかビビるくらい良い曲。ハネるリズムがクセになる。CMソングにもなっている「ヒビスクス」はスピッツらしい捻くれたフレーズを織り交ぜつつも壮大な冒険に出ているような感覚が味わえる良曲。

なにやらカタカナの曲が多いので最初どの曲がなんなのか混乱したが、今も正直混乱しているところはある(5年経ってるのにな)。アジカンのワールド×3とかと同じ感覚。

 

お気に入りの1曲:コメット

1番を選びにくいアルバムではあるけれど、ある意味では、この曲が1番スピッツの本質かなと思う。スピッツっぽい妄想ストーリーのような展開を見せつつもそこはかとない死の匂い、叶えられない願い、そんなイメージが胸に迫る名曲。

 

16th 見っけ

見っけ(通常盤)

見っけ(通常盤)

  • アーティスト:スピッツ
  • 発売日: 2019/10/09
  • メディア: CD
 

 2019年リリースの最新作。

前作までの流れを継ぎつつも、「新しい音を鳴らしてみよう」という意図が強く感じられるアルバムになっていると思う。1曲目の表題曲、再生ボタンを押すやいなやピコピコのシンセイサイザーが聞こえてきて「!?」っとなる。マサムネが歌い出すとスピッツになって安心するけどバックでずっとリフレインで鳴っている。明らかに新しいアプローチだ。

NHK朝ドラ第100作目という大型タイアップ「優しいあの子」はこれからのスピッツのスタンダードになるくらいの素直かつ計算しつくされた1曲。ストーリー仕立てのエモ曲「ラジオデイズ」もみずみずしい魅力が溢れている。美メロが連発する神秘的な名バラード「ブービー」も新鮮。

30年たって16枚もオリジナルアルバムを出しながらもまだまだ新しい。スピッツというバンドが未だ進化を止めない生き物だということを再認識させてくれた1枚。(でもまた通常版未収録「ブランケット」やめてくれ問題は言っていく )

 

 

お気に入りの1曲:まがった僕のしっぽ

これはスピッツを多く聞いている人ほど「やられた!」と思う曲だと思う。「あれ、シームレスに次の曲いったか?」と最初トラックナンバーを確認してしまったレベル。ノスタルジックな響きにふわふわさせられた前半から一転、いきなりオスのスピッツ感(暗喩)を見せつけてこられたような最高の1曲。新しい!けどスピッツらしい!

「まがった僕のしっぽ」というファニーな部分に愛着を持っていく感覚はスピッツイズムだなぁ。初期スピッツ的に性的なメタファーとして使われそうだが。

 

優秀で清潔な地図に 禁じ手の絵を描ききって 楽しげに果てたい

 

スピッツの精神性は変わることなく、いつまでも死を見つめている。ニヤニヤしちゃうんだ、そういうところに。大好きだから。

 

 

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以上です。およそ1万3全字になりました。

1アルバム3ツイート分くらいでまとめようと思ってましたが、普通にめっちゃ長くなってしまった。

シングルベスト盤は割愛。どうせみんな聞いてるでしょ?ということで。

 

GWの時間を使って、改めてスピッツのアルバムをざっと聞き直すなんてことをしています。一部のアルバムは冗談抜きで100回とか200回はフルで聞いているので、もう耳にも脳にも身体にも染み込んでしまっている。

染み込みすぎて、たまたまその曲を聞きながら見た景色だったりトラブルだったりを思い出すスイッチにもなったりして、たまに蹲ったりする。

それくらい自分の人生に結びついてしまったスピッツなので、
「あ、スピッツの新曲でたんだ、それじゃ聞いてみよ」くらいの空気感で、
「まえスピッツのライブ見てから3年くらいだしまた見たくなってきたな」
とかそんな距離感で、たぶん一生付き合っていけるんだと思う。

人生の半分以上の時期で聞いてるんだからもう逃げられそうにないんだよな。

 

 

 

以上、2記事まるごとスピッツ話でした。

 

 

ぼくとスピッツ、というような話(30周年に寄せて①)

 

スピッツが今年でデビュー30周年です。

 


それを記念した新曲。どこをどう聞いてもスピッツだ。スピッツはいつだって100点なのだ。いつでも聞けて、いつでも染み込んでくるのがスピッツだと思う。


今年2021はデビューから30周年。
ベスト盤とかが出たのが2017年、結成30周年のときで、個人的に語るタイミングを逃してしまった。
せっかくなので今年は「ぼくとスピッツ的な記事でも書いて、自分なりにスピッツの30年のことを振り返ってみようと思う。

といっても自分は1992年生まれの29歳なのでデビュー時まだ生まれてなかったわけだが。30年音楽をやってるってメチャクチャすごいな。

30周年ということで、いろんな媒体でもスピッツを改めて語られているのを見かける。そういうのを摂取することで、自分語りへと向かう勇気を持つことができた。

 

 

 

 

 

原初の記憶をたどれば、ロビンソンとか空も飛べるはずとかチェリーは当時幼稚園児とかだった自分の脳みそにもメロディが残っていた。しかしスピッツというミュージシャンとして認識はしてなかったので、出会いはもっと先になる。

たぶん最初は「遥か」だったと思う。

 

 

サビの部分だけ聞いて「なんていい声なんだ」「スピッツっていう人が歌ってるのか?」と興味を持ったのをなんとなく覚えている。

当時、アニメのデュエルマスターズを見る為に登校前は「おはスタ」を見ていた。たしかその音楽紹介コーナーで流れたんだと思う。記憶がおぼろげだが、当時の自分のあらゆる情報源は「おはスタ」だったからたぶん間違いない。「週刊プレイボーイ」におじさんが欲しいすべての情報が詰まっているように、「おはスタ」にはキッズが欲しい情報全部ある。(そうか?)

 

ともかくこの「遥か」のサビですよ。この果てしない遠くまで連れて行ってくれそうな神秘的な響き。今聞いてもめちゃくちゃ気持ちいいんだが、当時こんな音楽は聴いたことないぞと、びっくりした。ただCDを買うという発想はなかった。

 

中学に上がると学校の授業もPCに触れたし、家では父親が使うPCを夕方つかうことができた。そのころスピッツは「スターゲイザー」でまた注目を集めたころだったかと思う。やっぱ当時の「あいのり」はすごかったよ。見てなかったけど・・・。

 

PCに触りだした中学生は「おもしろフラッシュ倉庫」に入り浸ることになる。後から聞いても同年代共通のムーブメントだった。俺はフラッシュ倉庫で見た「はげの歌」を覚えて友人と休み時間に歌ったりした。ニコニコ動画はまだなかった。

フラッシュ倉庫には歌に映像を付けたオリジナルMVのような作品もたくさん見ることができた。そこで「空も飛べるはず」のフラッシュを見てめちゃくちゃ感動したのだ。いま探しても権利問題的に動画サイトからは削除されてるし、作者さんの元サイトも見つからないのでここで紹介は出来ないが・・・

ちょうどこの「風になる」のフラッシュと同じ作者さんだった。このテイストの絵を見て思い出す人はいるんじゃないだろうか。

 

 

このフラッシュで「聞いたことのあるあの曲はスピッツの曲だったのか!」と発見があり、スピッツのベスト盤「リサイクル」を中古で買った。

フラッシュという二次創作から曲を聴いて、中古でCDを買う、しかも例のいわくつきのベスト盤。とことんスピッツに顔向けできないムーブをかましている中学生だな。

この歌ものフラッシュからBUMP OF CHIKENの「K」を知ってCDを買いに行った。自分の音楽的趣味にめちゃくちゃ強い影響をあたえているなフラッシュ倉庫・・・。

 

ベスト盤「リサイクル」はめちゃくちゃいいCDだった。多分だけどこれまでの人生で1番CDプレイヤーでかけたCDだと思う。今となっては、心情的にそんなに再生することはないけれど。

ここで一気にスピッツにはまって、もっといろんな曲を聴くためにアルバムをゆっくりと集めだした。1st「スピッツ」から当時の最新アルバム「スーベニア」までをコンプリートしたくらいのときにニューアルバム「さざなみCD」の発売が告知される。

本当にたんなるシャレに過ぎないが、自分のハンドルネーム「漣」をスピッツとがつながったことでメチャクチャテンションが上がったんだよな。普通にアルバムとしても良盤だと思う。

 

それ以降はリアルタイムでスピッツを追いかけていくことになる。

勉強しながらでも、通学中にでも、とにかくBGMはスピッツのことが多かった。ラノベでも漫画でもなんにでもイメージソングを考えるいっぱしのイメソン厨となっていた俺はひたすらスピッツを聞きながら別の物語の味わい方をあれこれ探していたりした。

切ない夏の物語には「夏の魔物」を、えっちな物語には「プール」を十八番としてイメソン展開をしていった。悲恋の幼馴染には「仲良し」を、スペーシーなSFには「ババロア」を、堕落した日々には「猫になりたい」を、刹那的な一夜には「夜を駆ける」を、遠く離れたきみには「流れ星」を、ノスタルジーにたっぷりをひたした「愛のことば」を、正夢とおもいたいような美しい場面に「正夢」を、感動のエンディングに「夕陽が笑う、君も笑う」を。

自転車をこぎながら爆音で聞く「バニーガール」「スパイダー」は最高だし、憂鬱な日曜夜に聴く「あわ」「大宮サンセット」は心をやわらげてくれたし、嫌なことがあったら「みそか」「ワタリ」を聞いた。好きなキャラクターの顔や後ろ姿を思い浮かべながら聞く「ロビンソン」や「運命の人」や「フェイクファー」は自然と泣けた。

そんなことになったのはアニメ版の「ハチミツとクローバー」の影響が大きいと思う。このアニメからスガシカオを聞くようになったし、スピッツの曲も贅沢に使用されていた。特に印象的だったのは「魚」「夜を駆ける」「スピカ」といった第一期での使われ方だろうか。あのアニメのせいでなんにでもBGMを付けて遊ぶくせがついてしまったな・・・。「魔法のコトバ」が映画に使われたのもうれしかった。

 

 

閑話休題

正直なところ、すこし距離を置いた時期もある。

アルバム「とげまる」が当時あんまりピンときていなかった。「シロクマ」「恋する凡人」など大好きな曲も多いが、アルバムとしてはいまだにあまり聞き返さない。

でもその後に発売された「おるたな」でスピッツ最高論者に戻り、「小さな生き物」以降、すこし違うモードに入ったスピッツを2021年に至るまで好きでい続けている。

少し違うモードというのはやはり3.11の大震災の影響だと思う。それとは直接言及することはないが、明らかに「とげまる」と「小さな生き物」のはざまで空気が変わってきていると感じる。その後の「醒めない」なんかはキャリア全体を見渡しても相当上位に食い込むほどに好きだ。

 最新作「見っけ」も細部に新しいスピッツが感じられて、まだまだ進化を止めない姿勢が感じられて本当に嬉しい。

 

スピッツの魅力を改めて考えてみると、こんなにひねくれたマイノリティの世界を映すアーティスティックな活動をしながらも普遍性、大衆性を獲得した稀有なバランス感覚というところが大きいと感じる。

「なんかよくわかんない歌詞だけど、たぶんいい感じのことを言ってる~」と脳みそが錯覚を起こす、草野マサムネの天才的な作曲と歌声。気持ち良い一体感のバンドサウンド

 

スピッツファンは往々にして「パブリックイメージとしてのスピッツ」と「ロックバンドあるいはパンクバンドとしてのスピッツ」のギャップを語りたがってしまうんだが、チェリーを楽しくうたってる人に横から「スピッツのテーマは死のセックスなんですよ、ご存知ですか?」などとのたまってたらそれはもう危ない人なので我々も大人として堪えている。

その時代ごとにエヴァーグリーンな名曲を生み出してきた「国民的なミュージシャン」であることも、しれーっと優しいサウンドのヒット曲に恐ろしいフレーズを忍ばせてくることも、きっと多くの人が知っているところだと思う。

大御所バンドであるにも関わらず、不思議と親近感を抱くような立ち位置にいる不思議なバンドだ。妄想癖に少年の戯言のような歌詞を歌い続けているからなのかもしれないな。お硬いことを言わず、メッセージを力強く表明するようなこともなく、イデオロギーを感じさせるような振る舞いもない。それがイコール「だから素晴らしい」という話じゃない。極個人的だったりミニマルな箱庭的な世界観の中で綴られる歓び、孤独、別離、君とのおぼろげな距離や妄想じみた言葉遊び。スケールなんか全然デカくない。そういう控えめにけれど楽しげに音楽を奏で続ける姿勢が、スピッツらしさだと思う。

こんなに長期間第一線にいるバンドなのに偉大な大物バンドって感じじゃなくて「俺だけのスピッツ」みたいなのをずっと大事に抱きしめてしまうんだよな。すっげぇ話が合う中学時代の友人みたいな感じ。スピッツを聞くときおれは中学生。

 

自分語りと絡めたスピッツ語り、いくらでもできそうなんだがひとまず気持ちは落ち着いたのでここらへんで終わります。

 

この記事を書くついでにスピッツのこれまでのアルバムぜんぶ聞き直したので、全作レビュー記事も書きました。それは②で。

 

 

 

 

残照へのまなざし軽く『ビギナーズラック』

 

ビギナーズラック

ビギナーズラック

 

 

歌集「ビギナーズラック」の感想をちらほらと。

作者の阿波野巧也氏は1993年生まれということでかなり若い歌人さん。自分が92年生まれなのでほぼ同年代で、そういう意味でも興味深かった。

 

印象としては、ポップで読みやすい歌集。
スナップ写真的というか、SNSに何気なくいい感じの写真をあげていくアカウントのタイムラインをつらつらと眺めているような感覚。

もの言いたげな風景が切り取られ、そこにほんのりと書き手の感情が乗っていく。

前の更新で紹介した「タルト・タタンと炭酸水」と連続して読んだことになるのだけれど、風景描写もどこか切り取り方が違っているように感じられて面白かった。

「ビギナーズラック」のほうがどこか無機質な感覚。けどそれは生き物の存在や感情に左右されない、ある種の永遠性を宿しているような虚無感がにじんでいる歌が印象に残った。

 

例えば個人的に好きな一首を引くと

 

町じゅうのマンションが持つベランダの、ベランダが生んでいく平行

 

それはもう、単なる事実なのだけど、そう切り取られるとまるでこの世界の隠されたシステムを見つけてしまったようなハッとする感覚がある。ちょっと恐ろしくなってしまうほどに。

そりゃそうなんだよな、ななめになっているわけはない。すべては平行だ。けれど改めてそれを突き付けられると、この世界の違和感のようなものに気づかされてしまって、ベランダから引かれた補助線が見えるようになって、そしたらもう戻れない。

世界の見方を変えてしまう一首だと思う。

この一首から個人的の浮かぶのは無機質な高層マンションのベランダ群なのだけれど、でも歌集を通じてこの一首に出会ったとき、また違う印象になるはずだ。学生街のきっと雑多なベランダなんだろうな。けれどピシッとそろっているベランダ。それが良いとも悪いとも言わない、無感情なんだけれど無感動ではない。言語化が難しい・・・でもとても好きな一首。

 

フードコートはほぼ家族連れ、この中の誰かが罪人でもかまわない

 

この「誰かが罪人でもかまわない」というフレーズの鋭利な感覚。一発で思考を持っていかれてしまうような衝撃がある。

大勢の人間がいる空間に対しての感情が複雑に、でも温度感だけはストレートに伝わってくる気がする。人類が安心を得る為に営んでいる空間、そしてシステムそのものの俯瞰のようでもある。ごくごく個人的な主人公目線の、ちょっとだけアイロニカルな物言いのようにも感じる。

これだけ人間がいるなら、悪いヤツのひとりやふたり、いるだろう。けれど、これほどの人間を前に凶行に及ぶことも、まぁないだろう。それって不安だろうか。安心だろうか。

我々はどれだけ、名前も知らないだれかを信じられるだろうか。
いや、名前を知っていたとして。

そんな思考がぐーるぐるとやってきて、絡めとられていく。

 

 

 

でもこういう歌ばかりではなくて、大学生のモラトリアム感だったり豊かな感情がパッケージされた、等身大の歌も数多い。 

あとがきなどでも触れられているが、まぁ読めばかなりわかりやすく描写されている。

作者の大学時代と、その時代に過ごした京都の町と、親しい時間を過ごしていた女の子。それら青春のにおいが色濃く、また断片的ではあるが物語として再構築されていくラフスケッチ。

 

きみの瞼がきみを閉ざしているあいだひっそりと木立になっていく

 

「きみの瞼がきみを閉ざしている」という言い回しのオシャレ感。
「木立になっていく」の、できるだけ密かに、けれどそばに佇もうという想いの発露。モロにぶっ刺さった1首。

 

すれ違うときの鼻歌をぼくはもらう さらに音楽は鳴り続ける

 

なんて暖かな光景だろうな。鼻歌をもらうといういたずらめいた遊びから飛躍して、「さらに音楽は鳴り続ける」のフレーズて、ひょいっと軽やかに高次元で跳躍するような感覚。

きっとそうやって他愛もないことの連続で生活や音楽が巡っていく。

 

きみの書くきみの名前は書き順がすこしちがっている秋の花

 

「きみ」のリアリティよ。秋の花とリンクする名前とはなんだろうなとふにゃふにゃ考え込んでしまううちに、自分の名前の書き順を間違えてしまっていることの人間としてのリアリティある欠陥、そのキュートな感覚。

 

時間は常に置き換えられてゆくけれど引くだけで楽しいはずれくじ

 

時間は置き換えられていく。可能性ある未来だった「明日」もすぐに無益でくだらない一日へと変わっていく。モラトリアム的な感覚でもあり、それはもう人生の本質なのかもしれないとも思う。この残照感。

日々をくじ引きとしたら、それはもうハズレくじの割合がかなり高いんだろうな。でもくじ引きって「引くだけで楽しい」ということもまた本質。もしかしたら。次はなにか変わるかも。そうやって今日も今日がはずれくじになっていく。なんだか愛おしくなる一首だと思う。残照をゆっくり見送るような眼差しがたまらない。

 

奪ってくれ ぼくの光や音や火が、身体があなたになってくれ

 

これは特に抒情的なフレーズが差し込まれているなぁ。「ぼく」が「あなた」に受け渡されていく、強い祈りを伴う身体感覚にビリビリと揺さぶられてしまう。

 

対照的に、書き手の表情を伺えない歌もある。しかしこのありふれた風景の中で、あえてそこに視線を注ぐときの感情はゆっくりとこちらに染み込んでくる。

 

街灯がしっかり地面を白ませてだれもならんでいないバス停

 

ならぶための空間にだれもいないことの些細な違和感。 この切れ味。

スマホで気楽に取る写真にもセンスはあらわれる。同じように31字の詩で空間や物質を描写するときにもセンスは間違いなく現れるし、この作品はひたすらにそのうまさというかズルさを感じる。こんなにエモく「今」を描くなんて、それは好きになるでしょう。

 

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そんな感じで大学時代の美しい思い出たちや、日常のワンシーンを切り取っていく。

感情を強く出すことはあまりなく、基本的には素朴な口調だと思う。だからわりと感情移入しながら浸ってサクサク読める。サクサク読めるし、何度も読み返す。一首一首、切り取られる画面や感情がとても鮮やかなのだ。いい匂いをもう一度かぎたくなるように、ページをいったりきたり彷徨って、いい読書ができたなと感じることができた。

  

 

 

斉藤斎藤氏が寄稿している内容で、作者がSNS世代であることに触れている。自分自身がそれに近い歳であることもあり、ひとつの世代論的にも面白かった。
ともすれば脱力的な無作為感の中に緻密な練り込みがされている事も理解できた。

やっぱりまだまだ歌集を読みなれていないので、こういった識者のリードがないことにはうまく読み砕けなかったりする場面も多い。ありがたい。

 

読むと少しだけ視線が上がって気持ちが軽くなってくる歌集。通勤カバンにしばらく突っ込んでおきたいな。先程も書いたが軽やかな読み心地なので読み返しやすいのが嬉しい限り。

 

 

サイドミラーに映る青空 を描くための『タルト・タタンと炭酸水』

また歌集を読んだ備忘録。

というか最近このブログが結構な割合で歌集の紹介になってきましたね。ツイッターだと漫画とかゲームの話題しかほぼしてないしな・・・。

 

タルト・タタンと炭酸水 新鋭短歌シリーズ

タルト・タタンと炭酸水 新鋭短歌シリーズ

 

 

 

今回は竹内亮さんの「タルト・タタンと炭酸水」です。

サウナ後の休憩室でするすると数時間で読むことができた。軽やかな歌集でした。でも跡引くほんのりとした苦味も感じる。

 

表紙のイラストのようにしっとりとしたおしゃれ感があり、どこか切ない水彩のような風景描写が目立つ内容。

しずかにスケッチしていくような穏やかな視線が世界に注がれているのを感じられる作風。非常に素朴で、ときに神の視点のような「ここを見るか」という強烈な観察眼も感じられてドキドキしてしまう。

感情を思いきり込めたような作品は少ないけれど「この世界のなかでそこに目を向ける主人公」という像のキャラクター性のようなものは伝わってくる。感情をうたわない歌だからこそ感覚的に察知できる。

 

春の雨は草の匂いを漂わせ先に傘を閉じたのは君

 

先に傘を、閉じたのは君。なにか始まるんだろうか。

ここは「先に傘を」が6字で明らかにテンポを違えている。欠落の違和感が、ついつい想像を膨らませてしまう。

だから、ほのぼのとした口調で切り取られていく風景写真のようなのに、どこかで虚無感やつめたい感情が差し込まれているようにも思える瞬間が歌集のなかにアクセント的に配置されている、・・・気がする。

 

気に入った歌をいくつか紹介。

 

川べりに止めた個人タクシーのサイドミラーに映る青空

 

 非常に限定的な描写がされている、道をゆく主人公がみつけた小さな小さな青空をスケッチしたような一首。

川べりの、個人タクシーの、サイドミラーの、なかに映る青空。

とても具体的であるため、そこを描き切り取ることで一瞬の軌跡を永遠化したような魅力がある。きっとどこにでもあるもの。けれど誰も気づけていない美しいもの。それが次の瞬間には無くなっているんだろう。

こういう限定的な描写で救い上げることで、刹那の宝物のような質感が増していとおしくなってくるんだよな。本人に中でこの風景はほとんど固有名詞化してそうな感じというか。

 

 ジーンズの裾に運ばれついてきたあの日の砂を床におとして

 

短歌という31字を使う詩は、ものを描写するには結構オマケを付けられる詩形態だと思っていて、そのオマケの部分であそべるのも魅力だと思う。(そのぶんより研ぎ澄まされる句なんかは緊張感があるように個人的には感じている)

 この一首も「そこを見つけるか」という視点の面白さかな。やや回りくどい言い回しもファニーでかわいらしい感じ。

ジーンズの裾にたまった砂を払うという風景。「あの日の砂」と特定できるということは、きっと特徴ある砂なんだろう。砂浜に行った思い出が蘇ってきたのかもしれない。その砂は「運ばれついてきた」のだから、その砂を眺める主人公のナイーブな感情も読み取れる。でもそれを床に落とすのだ。そうしてあの日の砂はただの砂となって、そしてホコリのように捨てられて、去っていく。

 

終電の一駅ごとに目を開けてまた眠りゆく黒髪静か

 

今度は電車内の風景に移る。このときの静かな空気、すごくわかるなぁ・・・。みんなうつむいて目を閉じて、時間がすぎるだけの一日の終わり。疲労感が支配する体に、電車の揺らぎが心地よい。なんかすごくヒーリング効果のある風景だと思う。各々の一日の終わり。

 

雲が白い夏の初めの風の朝きみ柔らかな瞼を開く

 

「雲が」「白い」「夏の」「初めの」と、短いセンテンスを連続させるリズム感が好き。そういう歌は結構この本の中に出てくるけど中でも一番美しいと思う。「瞼を開く」のどこか物体を眺めているかのような視点、フェチズムも感じる帰着が印象的。

「風の朝」「きみ」「やわらかな瞼」の繋がりって日本語としてのつながりがとても弱いのに、スッとイメージがつながっていくのも好き。

目が覚めた。というより、まるで導かれたような爽やかな覚醒が眩しい。

 

 

そんな感じで。

安定の書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズでした。このシリーズついつい買ってしまうよな。

喉元ではじけていく炭酸水のイメージそのまま、眩しくて心おちつく言葉の世界を堪能しました。